happiness


が灯りをかざすと、部屋の奥にはミイラが居た。

「……?」

ミイラ化しているため顔がよく分からない。
よく見てみると、髪型や装飾品なんかに見覚えがある。
疑問は確信に変わった。
これはオウガイである。

兄のように優しく、明るく、
オウガイとともにを受け入れてくれたサウザーが。
「お師さん」とまるで父のように呼んでいたあのサウザーが。
今は当時の優しさなど見る影も無くなったサウザーが、
ミイラになった師父をこうして安置している理由は何か。

普通に寿命を終えたのならば、普通に埋葬するだろう。
普通の最期でなかったから、ここにあるのだろう。
南斗聖拳では殆どの拳が印可を受けて伝承者となる。
そうでない場合は師を越えること、
すなわち師を殺すことが伝承者となる試験であるという。

サウザーが殺したのだろうか?

オウガイの話がどこからも出てこなかったことにも納得できる。
死んだ人間のことをわざわざ話題にすることもない。
伝承の試験の中身を繋げて考えず、
掘り下げて調べようとしていなかった自分が呪わしい。

ミイラの顔からは表情を読み取ることができない。
苦痛に歪んでいるかと言われればそうかもしれないが、
そうでもないような気がした。

サウザーが殺し、そしてここに隠し、
おそらく誰にも告げぬままここに安置している。
時折管理しているのか、水の入ったグラスが置いてある。
死体を残しておくだけのことだが、どれほどの労力がかかるだろうか。

涙が出た。
やっと会いたかったオウガイに逢えた。
同時に、サウザーが変わった理由も分かったような気がした。
自分は泣く資格があるのか分からないが、
昔のことを知っているだけに、ただひたすらに悲しかった。
神が居るならば、なぜこんなひどいことをするのか。

「よく見つけたな」

しばらく呆然としていたらしい。
声に振り返ると、入り口を塞ぐようにサウザーが立っていた。

「オウガイ様を殺したんですか」

「そうだ。
 師父を知っているのか」

「サウザー様にも、オウガイ様にもお会いしたことがあります」

サウザーは疑念を隠すことなくを睨みつけている。

「お忘れのようでしたし、
 あえて口にすることでもありませんので黙っておりましたが。
 師父の元から逃げた私を預かってくださったのがオウガイ様で、
 そのときサウザー様は既に弟子としておられました。
 暫く一緒に生活させていただいておりましたが、
 覚えておられますか?」

は微笑んでみたが、上手く微笑めたとは思えなかった。






サウザーはの話を聞いて、どうせ嘘だろうと思った。
しかし、大昔にサウザーよりも年下の女の子を一人預かった気もする。
後にも先にもサウザー以外の子どもがいたのはその一度きりで、
そのたった一人が目の前のであるとは信じがたかった。

「何を泣く」

「あんなに素晴らしい師父であったオウガイ様を、
 あんなに慕っておられたサウザー様が殺さねばならないとは、
 皮肉な運命だと思いましたので」

何度も目元を拭っているが、
の目からは涙がぼろぼろと零れ落ちている。

「貴様には関係無かろう」

「お二人のお力になるためにと私は私の師父の元に戻りましたので」

そういえば、は最初からサウザーに協力的だった。
リハクの弟子ならばサウザーの評判も知っているはずなのに、である。

「――…こちらはオウガイ様で間違いないですよね?」

サウザーが誰にも見せたくないと思う割りに手放せない、
幸せであった過去を象徴する遺骸である。
はサウザーに背を向けて、
部屋の置くに安置してあるオウガイのミイラを見上げた。
サウザーに対する警戒は欠片も無いらしい。

「なぜ分かる」

「装飾品に見覚えがあります」

「ただの師父の死体だ」

「『お師さん』とは、もう呼ぶことは無いのですか?」

の背中は完全に無防備である。
一瞬で踏み込み、一瞬で首を刎ね飛ばせる。
それなのになぜか躊躇している。

サウザーは孤独であった。
目の前に現れる人間は敵か、恐怖してひれ伏すか、
どちらかである。
友など居ない。
オウガイが死んで以来、ずっとそうである。

その孤独感はオウガイを殺したことが発端であったが、
そうしたのは自分であったし、
伝承者の儀式に打ちのめされたことを知られたくはなかったし、
それで同情をされることなど御免だった。
下手に同情されると『お前に何が分かる!』と叫びたくなる。

彼女が嘘をついていないならば、ほぼ全てを知っている。
鳳凰拳伝承者となる以前の、ただの弟子であった頃のサウザーを。
そしてそのサウザーを可愛がってくれたオウガイを。
そのオウガイを殺して変わったサウザーを。

完璧に気持ちを押し込めたはずの蓋に亀裂が入ってしまった。
内側からの圧力で、その亀裂は瞬く間に広がり決壊の原因となる。
目の前にサウザーを理解する人間が居るのだと思うと、
どうしても殺すことができず、
更には溜め込んでいた不満を吐き出したい衝動にかられた。

どうして、俺が殺さねばならなかったのか、と。

「この部屋に勝手に侵入したことはお詫びします。
 ですが……ですが、もう一度チャンスをください。
 私の長年の目標であった、
 サウザー様にお仕えするという夢を達成するチャンスを」

が振り返った。
まだ泣いている。

「そんなに師父が死んだのが悲しいのか」

サウザーが嘲るように尋ねると、

「そうですね、
 父親に対する幻想をオウガイ様に押し付けておりましたので。
 ですがサウザー様に比べると、
 生ぬるい悲しみであるとは思いますが」

そう言って辛そうな顔をする。
ああ、やはり。
はサウザーを知っている。

知られたくないとひた隠しにしていた感情であったが、
目の前に居るのは隠す以前にその感情を知っている人間なのである。
その上その感情を一部でも共有する人間が目の前に居る。
そう思うと、完全に殺す気が失せた。