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happiness


ケイカの献策はそのまま採用されたらしく、
すぐに進軍の準備が進められた。
指揮権は完全にサウザーが掌握していたが、
ケイカは帯同することが許された。

命じてくれれば準備の段階から手伝うこともできたが、
そこまでの信用はまだ無いらしい。
もしその信用を勝ち得たならば、
きっとオウガイの消息も追うことができるだろう。

離間の計の首尾は順調なようで、
最初の拠点を攻めたときも敵の反応は鈍かった。
早々にシュウの篭城の準備を済ませ、突貫工事で城壁を修復し、
サウザー率いる本体はその拠点から離脱する。

反転してからは元々の領土をまっすぐ突っ切り、
敵の拠点を一つずつ潰しながら進軍した。
制圧が終わり次第、拠点は放棄する。
今回はシュウがどれだけ持ちこたえられるか分からないので、
進軍速度を重視した結果である。

こちらの敵は機動力はあるものの、頭は無いらしく、
その力を発揮することなく本拠地に引っ込んだ。
そうなればしめた物である。
敵にサウザー個人の戦闘能力に比する者は居ない。
城門さえ破れば、あとは一方的な殺戮と制圧をするだけだった。

それも粗方片付いたところで、ケイカは城門の中へ足を踏み入れた。
濃く血の臭いがしたが、
制圧の計画もサウザーと事前に協議していたので、
南斗の兵はきびきびと作業に従事している。

そのまま奥へ進むと、サウザーが指示を出している所に出くわした。
厳しい表情で命令を出していく。
やはり彼こそが頂点に立つ器なのだと思いながら眺めていると、
サウザーの方でケイカに気が付いたようだった。

「あまりに呆気なさ過ぎて肩透かしをくらったぞ」

眉間に皺はあるものの、口元は笑っている。
機嫌が悪い訳ではないのだろう。

「サウザー様と互角な敵の方が珍しいでしょう。
 バイクや車なんかも殆ど無傷なようですし、
 すぐ発てるよう整備と再配置を急がねばなりませんね」

そう言うと、ふとサウザーは真顔に戻った。

「シュウの援軍か」

「はい」

ケイカの返答を聞いて、
サウザーは少し間を置いて「そうだな」と笑った。

「……で、ここの兵士の処遇についてだが」

口元に笑みを残しつつ、鋭い視線がケイカを刺す。
これは自分が試されている場面なのだ。
ケイカは気を引き締めて答えた。

「処分するのが良いでしょう。
 足手まといです」

サウザーはそれを聞いて、声を上げて笑った。
それに驚いた兵士がぎょっとした顔でこちらを見る。

「……弾除けにでも使いますか?」

「いや……話が早くて助かる。
 整備の要員の選別をさせているから、少し待て」

サウザーはにやにやと笑いながらそう言った。
良かった、失敗ではなかったようだ。





サウザーは上機嫌だった。
ケイカは宣言どおり非情な判断を下したし、
それに戦局の読みも完璧である。
能力に見合った仕事をさせるため、
この拠点を差配する案を出させることにした。
ケイカは「ありがとうございます」と微笑んだ。

伝令からの報告では、
シュウが残った拠点は包囲されているものの、
まだ本格的な攻勢は受けていないらしい。
そちらもケイカの読みが当たっているようである。
彼女曰く、己の手勢を温存するために互いにけしかけあい、
一呑みにできるはずの拠点を前に集結しただけにとどまっているそうだ。
拠点に残ったシュウという武人の名の前に、
飛び出す勇気が無いだけだとも。

数時間後ケイカが出した案をサウザーが採択した結果、
整備要員以外の兵士は処分となった。
その空気を嗅ぎ取ったのか、身分を偽る兵士が増えたらしい。
一応調べてから再分類しているが、
そろそろ整備の人間の頭数も揃ったので残りはどうでも良い。

そのような嘘をついてまで生き残りたいと願う、
虫けらのような存在に時間をとられるのが不愉快でならない。
そんなことばかり考えているせいで頭が痛くなりそうだ。

苛々した気分で渡り廊下を歩いていると、
窓の外から子どもの声が聞こえた。
そちらを見ると、子どもが母親らしき女にじゃれついている。
女は黙らせようと何か言っているが、
子どもは状況を全く理解していないらしい。

窓一枚隔てた向こう側にあるのは、一般的には微笑ましい光景である。
しかし、サウザーは苛立ち以外のどんな感情も湧かなかった。
舌打ちをして視線をそらす。

そこで、
廊下の前方にその光景を眺めるもう一人の人間に気が付いた。
ケイカである。
微動だにしていない。
おかげで気づくのが遅れた。

彼女はサウザーに背を向け、窓の外を見ている。
先ほどの親子でも見ているのかと思ったが、
どうにも様子がおかしい。

肩越しに見える横顔ですらはっきりと分かるくらいに、表情が険しい。

サウザーはまじまじと彼女を眺めた。
その辺りでケイカもサウザーに気が付いたらしく、
振り返って会釈した。

「これは失礼を。
 車の整備は今日中に終わりそうな様子ですね」

「ああいうのは嫌いか?」

顎で外の親子を示してやると、
ケイカは困ったようあ顔で「はあ」と気の抜けた返事をした。
親子はようやくサウザーとケイカに気が付いたようで、
慌しく逃げていった。

「顔に出ておりましたか」

「構わん。
 俺も虫唾が走る」

ケイカは驚いたような顔をして、
「奇遇ですね」と安堵したように笑った。
親子の微笑ましい光景を見て顔を顰めるという反応は珍しいらしく、
サウザーは賛同を得られたことが無い。
彼女にとっても同じだったのだろう。

「兵の処分は」

「それも今日中には。
 ここに残す人員についてですが――…」

この渡り廊下の先には整備のための施設しかない。
向かう場所は決まっているので、
並んでこれからの話を詰める。

彼女ならば、己の心情の一端を理解してくれるのではないか、
という淡い期待のようなものがサウザーの中に生じたが、
そういった期待は裏切られるのが常である。
余計な感情を抱くなと己を戒めた。