happiness
ケイカの様子を確認するために来たリハクからの使者に、
リュウロウは現状を報告して協力を依頼する伝言を託した。
サウザーは将たる器ではない。
その思いを新たにした。
人質をとるなどという行為は卑劣であり、
そんな男が覇者となるべきではない。
なれるはずもない。
しかし、
ケイカには良い経験にもなるだろう。
良くも悪くもサウザーの手元には南斗の拳士と私兵がいるし、
実践経験を積むには最適な場所でもある。
そしてサウザーの人柄を目の当たりにもできるだろう。
その上で判断するのは自由であるが、
逃げ出せぬ状況に追い込まれるのは目に見えている。
そのチャンスを与えてやりたいとも思う。
彼女を脱出させるには、サウザーの拠点の中で彼女を探し出し、
そして庇いながら城から脱出する必要がある。
途中でサウザーと出くわすと詰む。
それらの状況を詳しく調べられる人間が必要だった。
リュウロウにはそんな伝手は無いが、
リハクには諜報活動に従事する部下が居たはずである。
どうせサウザーの所にも何人かもぐらせているだろう。
リュウロウの腹積もりも見透かした上で、
リハクは手を貸してくれるに違いない。
彼はその程度には
ケイカを溺愛していたし、
彼女をサウザーに近付けさせたくないと考えていたからである。
もし自分が万全の体調であれば、無理にでも押し入っただろうか。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
どうしようもないことである。
ケイカは案内された部屋の中をくまなく検分した。
部屋は二間続きで、廊下側が仕事部屋、
奥側が私室という作りになっていた。
調度品はどれも一級品で、
私室のスペースには浴室やトイレも設置されている。
窓は羽目殺しか、開いても人が通れない程度にしか開閉しない。
ホテルの一室のようであるが、
軟禁のための部屋であるとも言える。
「不足があれば言え」
入り口付近の壁にもたれているサウザーは、
部屋の中をうろついている
ケイカを監視している。
「行動の制限も加える。
この階以外へは出るな。
シュウが何か言ってくると思うが、無視しろ」
「南斗の軍ではなく、サウザー様の軍師だからですね」
「そうだ」
ケイカは部屋の壁にかけられた地図を眺めた。
サウザーが既に手中に収めた地域と、
隣接する勢力が書き込まれた地図である。
「諜報活動に従事できる人間は居ますか」
「居る。
しかし俺を通せ」
随分用心深い。
しかし、ただのボンクラでなくて良かったと安堵する部分もある。
「わかりました」
ケイカは素直に頷いた。
机の上に並べられていた資料をぱらぱらと眺めてみる。
自軍や敵軍の情報が書かれているが、
全てはサウザーを通さねば動かすことはできないようだ。
リハクの元にいたときと同じである。
しかし、力になりたいと思う相手に仕えるというだけで、
こうもモチベーションが上がるとは思わなかった。
「兵の様子を見ることはできますか?」
「準備させる。
が、すぐにとはいかん」
そこで、サウザーは少し笑った。
「何か」
「いや、何でもない」
ケイカはそれ以上追及することはなかった。
それよりも地図と、敵の情報と、
そして自軍の情報を頭に叩き込み、
鮮やかな勝利を献上するためには何が必要か。
それを考えることで忙しかった。
サウザーは
ケイカの部屋を出て、
警備という名の見張りの顔を確認してから執務室へ戻った。
ケイカの部屋とは同じフロアにある。
出入りを制限できるフロアというものが限られているため仕方が無い。
座り心地を重視した椅子に座り、
背もたれに体重を預ける。
首尾よく事が運んだので気分が良い。
それに、あのリュウロウの険しい表情。
助けに来ると言ったのだから、来るのだろう。
そういう男である。
それを上手く捕えられるよう準備を整えねばならない。
ケイカの実力がどの程度なのか定かではないが、
やる気はあるようである。
サウザーと距離を置くリハクの弟子なのに、である。
想定とは異なる反応であったので、肩透かしを食らった。
よほど師父が嫌いと見える。
羨ましい限りである。
しかし、それが演技ではないという証拠は無い。
彼女がリハクからのスパイである可能性もあるし、
まだ信頼することは到底できない。
シンは独立し、ユダは北斗へと近付いている。
レイは個人的な事情で伝承者としての責務を放棄し、
残るは口うるさいシュウだけである。
そのシュウでさえ、離反の準備を少しずつ進めているという。
信じるに値する人間などいない。
そんな信の置けない人間であっても、
サウザーは使わざるを得なかった。
己一人では陣地取りは出来ないのだ。
それを
ケイカがどう差配するのか、そうしてどれだけ忠義を見せるか。
見ものである。
サウザーは孤独であった。
信じるに値しないと他人を切り捨てるせいで孤独である。
その考えに慣れ親しみすぎて疑いすら持っていなかった。
孤独であるという自覚が無かった。
それ以前の幸せであった時期こそが異常なのだ。
そして、出来る限り思い出さぬようにしていた。
非常に不愉快だからである。
未だに幸せな思い出と感情を捨てることができずにいる。
捨てるために記憶と情の墓を建てるのだ。
そのためには効率的に領土を広げる必要があり、
道具として軍師を必要としていた。
ケイカは裏切るかもしれない。
しかし、それまでにそれなりの働きを見せればよい。
そんな風に考えていたので、
その幸せな時を短期間でも共有していた人間であったとは、
まるで気づいていなかった。
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