happiness
サウザーが居る。
はリュウロウなど見て居なかった。
サウザーを凝視していた。
昔とは随分違う。
随分背が高くなったし、逞しくなった。
同じところは金色の髪を後ろへ撫で付けている部分くらいしかない。
交渉よりは恫喝に近い言葉のやり取りが聞こえるが、
そんなことはどうでも良かった。
どうやら
はリュウロウを迎えるための人質らしい。
残念ながら人質としての価値はあまり高くない。
的外れと言っても良い。
リュウロウがリハクに対して、
どの程度責任を感じているのかは分からないからである。
リハクが望み、リュウロウが提示した
の進路。
その道理は分かっている。
弱きを助け、強きを挫き、
そうして平和な世にするための礎を築くこと。
それが一般的に言われるあるべき姿であることくらい理解している。
その道しかないのならばその運命を受け入れようと諦めかけていた。
しかし今、目の前にサウザーが居る。
は彼と、彼の師であるオウガイのために今まで耐えたのだ。
彼らと過ごしたあの楽しい空間に、大手を振って戻るために!
「どうする」
サウザーが言う。
そこでやっとリュウロウは口を開いた。
「答えは変わりません。
私は覇道を歩む人に力を貸すつもりはありません」
「人質は見捨てるというのだな?」
「いいえ。
今は無理ですが、いずれ助けに向かいます」
そこでリュウロウは
の方に向き直った。
彼はどの程度まで知っているのだろうか。
リハクは彼にどこまで伝えたのだろうか。
「
さん。
少し私に時間をください。
必ず助けに行きますから」
リュウロウは真剣な表情でそう言っていた。
は「はい」と返事してみせたが、
別に迎えに来て欲しいとは思わなかった。
その後
は高級そうな車の座席に押し込まれた。
追ってサウザーが乗ってくる。
近くで見ると青い瞳であるとか、
尖った顎であるとか、そういう細かい部分は昔とそう変わらない。
異なるのは険しい表情だろうか。
眉間に皺をつくり、口は引き結ばれている。
そのサウザーが運転手に「出せ」と短く命令すると、
車は滑らかに発進した。
周囲をバイクが護衛するように取り囲んでいる。
「……何だ」
前を睨みつけていた青い目だけがぎょろりと動き、
を見た。
「いえ、何でもありません」
先ほどから久しぶりの再会であることに言及がないのは、
のことなど忘れているからだろう。
仕方の無いことである。
「一緒に頑張ろう」と言ってくれたものの、
彼のように目だった活躍はしてきていない。
リハクが許さなかったからでもある。
「今のうちに聞いておきたいことがある。
嘘をついて五体満足で居れると思うなよ」
一瞬覚えてくれていたのかと淡い期待を抱いたが、
そうでもない口調である。
は頷いた。
「貴様はリハクの弟子の
で間違い無いか」
「はい」
「用兵を学んだ者として、
敵に情けをかけることについてどう思う?」
はサウザーの表情の変化を探したが、見つからなかった。
彼の中では大筋で
の扱いが決まっているようで、
返答如何によっては殺される可能性も捨てきれない。
今のサウザーがどういった人物であるとリハクが語っていたか、
は記憶の中から集めて回答を絞り出した。
「その敵の種類によると思います。
利用できる相手であれば懐柔する価値がありますし、
そうでなければ邪魔なだけでしょう。
後者であれば厳しい処置も必要かと」
そう言うと、サウザーは満足げに口の端を持ち上げた。
「俺もそう思う。
邪魔な輩は息の根を止めてやるのがふさわしかろう」
サウザーは漸く
の方に顔を向けた。
やはり面差しが少し残っている。
あのサウザーだ。
「俺の参謀、軍師でも良い。
どちらかになる気は無いか?」
その言葉に、
は胸が高鳴った。
彼は
があの
であると認識していないようだが、
それでも良かった。
サウザーの軍師になれる。
「やらせてください」
即答すると少し驚いた様子であったが、
「期待している」と返答があった。
とにかく、場所を得た。
今はまだ
の実力を認めての発言ではなさそうだが、
認められた暁には昔の話を少しだけさせてもらおう。
はそう決めた。
シュウは警備の様子を確認しつつ、サウザーの帰還を待っていた。
サウザーの打ち出した方針に反対し続けていた、
リュウロウを招聘しに出かけたということは聞いている。
正直なところ、シュウはリュウロウに戻って来て欲しいと思っている。
現状ではサウザーを止め切れていないし、
その抑止力としても、
軍を動かす知恵者としても彼は重要な働きをするだろう。
「シュウ様、サウザー様が戻られましたよ!」
部下の一人がそう報告してくれたので、シュウは駐車場へ慌てて向かった。
リュウロウは来てくれたのだろうかと思いながら駆けつけると、
そこにはリュウロウではない線の細い女性らしき気配があった。
「リュウロウの所へ出向いたのではなかったか?」
尋ねると、サウザーは鼻で笑った。
「リハクの弟子の
だ。
リュウロウの代わりに連れてきた」
「よろしくお願いします」
頭を下げたらしき様子だったので、
シュウも慌てて「こちらこそ」と礼を返した。
「妙な真似をすれば命は無いと言ってある。
貴様も見張っていろ。
まあ、見えぬだろうがな。
そのうちリュウロウも来るそうだ」
サウザーはそう言って歩き始めた。
はその後へ続く。
そんなむごい言葉をかけられたにもかかわらず。
(……こんな場所に居るべき人間ではないだろう!)
気配から
は拳の心得などなさそうである。
道場破りの類は減ったが、まだ安全とは言い難いというのに。
それに、彼女は女性である。
こんな危険な場所に居るべきではない。
なんとか逃がしてやりたい。
シュウはそう心に決めた。
リュウロウには一刻も早く来てもらわねばならない。
彼が居れば、
の存在価値は無くなるのだから。
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