happiness
「可愛い愛弟子なのでしょう」
リュウロウが茶化して言うと、リハクは渋い顔のまま頷いた。
「しかし、どうしても応えられぬ願いというものがある」
「私に預けたところで、どうにかなるとは思えませんが」
「己の目で直に世界を見れば、
自ずから進むべき道も見えるはず」
リハクは愛弟子たる
に全幅の信頼を置いているようだった。
彼の庇護の外に出れば、
彼女が信じるサウザーという男がどのような人物であるか分かると。
「……そうですか」
リュウロウはそう言うしかなかった。
彼が最後の将のために軍を編成しつつあるのは知っていたし、
その中で
の存在が不安要素でしかないのだろう。
拳の心得の無い女性を預かることには気が引けたが、
是非にと食い下がられて根負けした形である。
先に何も教えられることは無いと伝えてあるが、
リハクはそれで良いと応えた。
彼女は自分で学ぶだろう、と。
そんな会話を終えた頃に、リハクは
を応接間に呼んだ。
現れたのは落ち着いた雰囲気の女性だった。
一瞬鋭い視線をリュウロウに寄越したが、
彼女はいたって普通の挨拶をした。
「
よ。
お前が知るべきは、無力な民の生活だ」
リハクの言葉に、
は「はい」と短い返事をした。
リュウロウには彼女の表情から感情を読み取ることができなかった。
を迎えるにあたり、
彼女の生活スペースを確保することが一番手間がかかった。
気ままな一人暮らしを想定していたので、
家自体が小さく、区切りが少ない。
収納が無いものの、
一番隔絶されたロフトスペースを片付けて彼女の部屋とした。
女性の引越しというとやたらと荷物が多いのではと危惧したが、
の荷物はごく僅かだった。
荷物を運び込んでから、食事の当番などを決めた。
一応家事全般はできるという話である。
リハクが育てたのは弟子なのか、娘なのか。
彼女はリュウロウのそんな思いには気づかないようで、
床に積み上げた本に気をとられていた。
「風力発電、ですか?」
「そうです。
近くに棲む人々に分けています。
そうだ、機械をいじったりするのは嫌いですか?」
は微苦笑しながら「いいえ」と返事をした。
こうして風車の整備をする人手が増えた。
電気を貰いにやって来た人の中には、
を見て「嫁を貰ったのか?」と言う人もいた。
そういえば、彼女もそれなりの年齢の女性である。
リハクはそんな意図で彼女を預けたのだろうかとも思ったが、
「友人の娘さんをお預かりしているだけですよ」と説明した。
はそんな人々とも上手くやっているように見えた。
彼らは
のことを知らないので、
ラオウやサウザーの恐怖について口々に喋る。
その世間話に過剰に反応することもない。
「彼らのような無力な人々を虐げるのではなく、
守るために、共に生きるために力を使いたいと思うのです」
充電したバッテリーを乗せたトラックを見送りながら、
リュウロウは思っていることを素直に告げた。
それはリュウロウが心底思っていることだった。
は少し悲しそうな顔をしていた。
リハクは
の意思を無視してリュウロウに託したが、
リュウロウは彼女が自分で行き方を選べば良いと思っている。
ただ、サウザーには協力してもらいたくないとも思っている。
だから迂遠な方法であるが、
己の道を、己の信念を伝えることしかできない。
彼女は戦闘員ではなく、多数の戦闘員に指示を出す側の人間である。
リハクの保障つきの、素晴らしい才能を持っている。
彼女が道を誤らなければ、この乱世に平和をもたらす大きな力となる。
その彼女が無辜の民が虐げられる様を見て、
覇道を歩む人間がどのような存在か理解してもらわねば困るのだった。
「リュウロウの所に女が居るだと?」
怯えた偵察に報告を続けるように促し、
最後まで話を聞いてサウザーはにやりと笑った。
「リハクの弟子、か」
リハクは才能ある弟子を隠している。
そういう情報は掴んでいる。
使い物になるかどうかはさておき、
ただの人質以上の価値があることは確かである。
「リュウロウの小屋へ向かうぞ」
サウザーは軍師を探していた。
個人の戦闘力に不安は無かったが、
戦争は集団で行うものであり、
そういった知識を十分持ち合わせた人材が手元には少なかった。
リュウロウには一度話を持ちかけたが、
「貴方のやり方には賛同できない」と断られた。
南斗のためだ、と取り繕ってみたが無駄だったらしい。
その後隠遁生活を決め込んでいたので手を出しかねていたが、
人質になるような人材が居るならば話は別だ。
どのような関係の女なのかは知らないが、
彼を表舞台に引きずり出す交渉の道具にはなるだろう。
リュウロウの小屋の近くまで来て偵察を出す。
その間に手勢を二手に分けた。
一組はサウザーと共にリュウロウの小屋へ向かう部隊、
もう一組は先行して女を捕えるための部隊である。
偵察が戻ってきて、
折りよく女が一人で風車の修理をしていると報告した。
一組をそちらへ向かわせ、サウザーはリュウロウの小屋へ向かった。
到着する頃には物音に気づいたのか、
リュウロウ本人が出迎えに出ていた。
「久しいな」
「……何か用ですか」
「気忙しい奴だな。
まあ、良い。
何度も使いを寄越していたはずだが、力を貸せ」
「既にお断りしたはずです」
リュウロウがサウザーを睨む。
病を得たらしいという噂は聞くが、
今の所その病状は見た目には表れていない。
エンジン音が近付いてくるのが聞こえる。
リュウロウは顔を顰めた。
「まさか――…」
「知らぬと思ったか。
女は人質だ」
サウザーはせせら笑った。
すぐに女の捕縛に向かった部隊が到着し、
手かせをつけた女を引っ立てた。
抵抗する様子は無い。
見たところ、拳の使い手と思われる体型もしていない。
抵抗しないのではなくできないのだろう。
おかげで交渉の時間は短くて済みそうだ。
「貴様が力を貸すというならば、女は解放しよう。
どうだ?」
リュウロウが歯噛みしている。
出し抜いてやったという証左がそこにある。
その様子をにやにやと眺めていたので、
捕えた女がサウザーを凝視していることに注意は払っていなかった。
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