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リュウガは助手席に座りながら頭を抱えていた。

「今更悩んでもしょうがねえだろ?」

運転しているジュウザはそんな風で、まったく人の悩みを解していない。
なれぬ悩みで胃がキリキリと痛む。

どうしてこのような状況になったのか、時系列に添って説明する。

天狼拳の道場に出入りするという娘が居た。
古くからの付き合いで、核戦争後も道場の運営を助けてくれていた。
柔和な笑みにどれほど癒されたことか。

そのが結婚するという話が出て、退職した。
ここは祝っておくべきところであろうと思い、祝いを述べた。

退職後、無意識に彼女に用を頼もうとして居ないことを再確認した。
ずっと傍に居てくれるものだとばかり思っていたせいで、
居ないとすべてが少しだけギクシャクする。
彼女が片付けてくれていた雑事がどっと増え、
落ち着かない間にジュウザが来た。

ちゃん、結婚だって?」

と、のんきな口調で言いながら。
金の無心にしばしば現れていたので、彼もと面識があるようだ。

「好きだったんじゃないの?」

と言われて、腹立たしいが、やっと自覚したのだった。
しかしもう全てが遅いのだ。

が嫁ぐ相手は、
このご時勢にささやかながら結婚式を挙げられる程度の財力がある。
そういった相手が見つかること自体が幸運なことで、
彼女には幸せになってもらいたい、と思ったのだ。

「いやいや、大丈夫だって」

何が大丈夫なのかさっぱり分からない。
諦めたのだと説明するリュウガを遮って、
ジュウザはシルバーのタキシードを出してきたのだった。
それも、底意地の悪そうな笑みを浮かべながら。

背格好のあまり違わないジュウザの見立てとあって、
一般的とは言い難い体型のリュウガにぴったりのタキシードであった。
着替えたところで我に返ったが、
ジュウザは車を借りる段取りをつけているし、
貸した部下は「頑張って!」と鼻息荒く応援してくれているし、
そんな騒ぎを聞きつけて他の部下まで集まってくるし、
はっきりと断りきれないままに車に乗せられ、今に至る。

ちなみに、借りた車はオープンカーだ。
男二人で並んで乗っているので、オープンにはしていないが。

「普通に考えて迷惑だろう……」

「行ってみなきゃわかんねーだろ」

ジュウザは他人事だと思ってヘラヘラと笑っている。
叱り飛ばしても聞き流される。
力ずくで引きかえらせようとして、
事故にでもなったら困る。

の挙式は嫁ぎ先の勢力範囲にあるチャペルで、
道場から車で少し走ったところにある。
招待されてはいたが、適当な理由をつけて辞退していたのに、
こんな形で出席することになろうとは。
もしがリュウガを選ばなかったら、
その後の微妙な空気をどうやり過ごせば良いのか。
やはり、胃が痛む。

「いいか、リュウガ。
 雑魚は俺が何とかする。
 お前はチャペルに入って、とにかくの名前を呼べ」

根拠の在り処が不明な自信に溢れた声でジュウザが言う。
リュウガが顔を上げると、問題のチャペルが見えてきた。
周囲には警備と思しき人間が、武装して立っている。
ジュウザはそ知らぬ顔で適当なところに車を停めた。

「まっすぐ、チャペルへ行けよ?」

ぱき、とジュウザは指の関節を鳴らし、肩をほぐすように回した。
車から降りたリュウガの尋常ではない服装を見て、
警備に当たっているらしき人間が近付いてくる。

「誰がゴツいお兄様のためだけにこんなことするかよ。
 ちゃんが誰とも知らない野郎に盗られたら俺も嫌なの。
 とにかく、行けって!」

なおもリュウガが躊躇していると、ジュウザに肩を殴られた。
その直後に彼は警備の一人にラリアットをかまし、
後続の人間に殴りかかった。

を盗られる。
やはり、それは嫌だ。

リュウガは腹をくくってチャペルに向けて走った。
ジュウザが警備の人間を上手くあしらっているおかげで、
2,3人を気絶させるだけでチャペルまでたどりついた。

階段を駆け上がり、扉を開く。
中に居た人間の視線が一斉にリュウガに注がれる。
ヴァージンロードの向こうに、白いドレスを着たが立っている。
その隣に男が立っているが、あまり視界には入っていなかった。

!」

叫ぶ。
会場がざわついている。

「来い!」

手を伸ばす。
は持っていたブーケを男に押し付けて、
ドレスの裾を掴んで、走りにくそうに駆けてくる。
リュウガは数歩すすんで、飛び込んできたを抱きとめた。

「待たせた」

間一髪、他人の手に渡るのを阻止したのだ、
が自分を選んでくれたのだという喜びを噛み締める。

「本当に、本当にね…」

半ば呆れたような声が返って来た。
そう言われると真実なだけに辛い。
泣きそうな声であるような気もする。

「おい、貴様、何をしている!」

呆けていた男がやっと抗議の声を上げたので、
リュウガはをひょい、と抱えあげてチャペルを出た。

出たところに、丁度ジュウザが車を横付けにした。
いつの間にか屋根が仕舞われている。
リュウガはを抱えたまま車に飛び乗った。
後ろから「待て!」と声がかかっていたが、
ジュウザが待つ訳もなく、車は猛スピードで発進した。

「リュウガ……苦しい……」

の声に、リュウガは慌てて腕の力を緩めた。
抱きしめていたを見下ろす。
普段はしないきっちりとしたメイクに、白いドレス。

「綺麗だ」

素直に感想を述べた。

「ありがとう」

にっこりとは微笑んだが、目に涙が溜まっている。

「嫌だったか?」

「嫌だったらついてこない」

くすくす、とが笑う。

「泣きそうだ」

「もうね、何年も続けた片思いを諦めたところだったから。
 嬉しすぎて泣きそうなの」

ほろり、とこぼれた涙を、リュウガは指で拭った。

「愛している、とやっと気づいたんだ」

「……遅すぎるよ」

唇を重ねた。
そういう触れ方をするのは初めてのことだったが、
いままでどうやって我慢してきたのか、
今となってはよく分からない。

「……俺も居るんだけど」

何度も、何度も唇を重ねていると、ジュウザがぼやいた。
そういえば彼は運転してくれていたのだった。

ジュウザの強力な後押しでを連れ戻せたのだから、
多少の礼はしなければなるまい。
リュウガは失う寸前だった幸せを手に入れたのだ。
二度と入手できない、かけがえの無い存在を。
しかし。

「何もこんな服を用意する必要は無かったのではないか?」

そう言うと、

「何事も雰囲気だって。
 それに忘れてるみたいだけど、戻ったら結婚式やり直しだからな」

ジュウザがへらへら笑う。
へらへらしている割に、手配が抜かりない。

「……そうだな、すまん、ジュウザ」

「いーって。
 後でお礼、はずんでくれるんだろ?」

勿論そのつもりである。

「検討しておこう」

しかし、リュウガはそう答えた。
「酷ぇ!」とジュウザは叫び、は笑った。

幸せで幸せで、リュウガこそ涙が出そうだ。
それを何とかごまかすために、
ジュウザに八つ当たりしつつ、
リュウガはを再び抱き寄せた。