gently


リュウガは柄にも無く頭をかかえていた。
本当にこれで良かったのだろうか、と。

先立って南斗のサウザーの実力を測る、
という名目で攻めてみた。
戦闘行為に入るとなると被害が出るのは当然だが、
それも覚悟の上だった。
その犠牲の上に出た結論は「サウザーではない」というものである。
死亡した兵士の家族から責められたりはしないが、
それがかえって辛い。

次はラオウである。
彼に見るべきところがなければ、己が覇道を歩むと決めた。
その決断に余人の手は借りるまい、
と決めたので今度は少人数で旅に出ることにした。

しかし、本当にそれで良いのか?

その疑問がまだリュウガの中で燻っている。
ラオウが覇者の器足りえるのか。
そもそも、それを見抜く目が己に備わっているのか。
考え始めるとキリが無い。

そんなリュウガの思考を遮るように、
遠慮の欠片も無いノックの音がした。
返事をする前にドアが開く。

「リュウガ、いつでも出られるよ」

入ってきたのはだった。
先代の伝承者の縁者だとかで、
昔から天狼拳の道場を手伝っていた。
そのまま今もリュウガの世話をしてくれている。
遠慮が無いのは付き合いが長いためである。
リュウガが顔を上げると、はカラカラと笑った。

「城の守りは」

「ご指示通り篭城できる程度に備えもあるし、問題無いわ」

「旅の準備は」

「そちらもご指示どおり。
 今回のメンバーなら、途中で賊に出会っても問題ないと思う。
 一番心配なのは私かな」 

そう、彼女は今回の旅についてくることになっている。
リュウガは止めた。
何度も、執拗に。
南斗に攻め入るときは聞き分けてくれたのに、
今回はなぜか聞き分けてくれない。
最終的にリュウガが折れた。

一応、彼女には拳の心得がある。
基本的な動作は先代から仕込まれていたが、
熱心に稽古をしていたわけでもない。
不安である。

「そうか……」

返事とともにため息が同時に漏れた。
準備を任せれば途中で音を上げるかと思ったが、
結局完璧にこなしてしまった。
途中無理難題を投げつけたりもしたというのに、である。

「まーた悩んでたんでしょう」

何故バレたのか。
いつもそうだ。
はリュウガの心を読む。
他の人間からは何とも言われないのは、
彼女が特殊能力があるせいなのか、
はたまた皆がそっとしてくれているのか定かではない。
抵抗するのも無駄なので「そうだ」と頷いた。

「別に悩むことなんて無いじゃない。
 会って、人柄見るだけじゃない。
 何が問題なのよ」

「……それもあるが、
 が諦めなかったことも悩みの種だ」

言うと、は顔を顰めた。

「残れって?」

「今更そうは言うまい。
 ただ、南斗のときはすぐに引いたのに、
 何故今回は諦めなかったのか教えてもらいたいと思ってな」

「そんなこと?」とは言った。
そんなこと、ではない。
北斗に何があるというのか。

「南斗のときより、リュウガが悩んでるから」

会いたい奴でも居るのか、と言おうとした矢先、
はぺろっとそんな台詞を吐いた。

「俺が?」

「そう。
 いっつも悩みすぎだと思うのよね。
 皆リュウガのことを信頼してるから、
 決断に文句も無けりゃ恨みも無いのよ。
 納得してるの。
 それを忘れてウダウダと……」

「分かった、すまない」

説教コースに入りそうだったので、
リュウガは慌てて遮った。

「分かってるならはい、立つ!
 準備して待ってるんだから!」

「う、うむ」

リュウガの方でも準備ができていなかった訳ではない。
が部屋を出ていくので、その後を追った。
廊下を歩いていると、やはり不安がまたもやもやと膨らんでくる。

「……別にすぐ決めなくたって良いじゃない。
 暫く客将してくれても良いんだからね?」

前を行くがつぶやいた。

「しかし、それでは皆が……」

「覇道を歩むべき人間かどうか、を考えて。
 言ったでしょう、私達はリュウガを信頼してるの。
 だから、天狼星のリュウガがしたいようにして頂戴」

その言葉は信頼よりも、
突き放されたように感じられた。

馬を繋いである広場まで出る。
同行する数名が待っており、
リュウガを見つけて居住まいを正した。

「苦労をかけるな」

とリュウガが言うと、
皆口々にそんなことは無いと否定した。

馬に乗ると、が隣に並んだ。
何か用かと口を開く前に、背中をばん、と叩かれた。

「そんな顔しなくて良いって言ったでしょ。
 男前なんだから、きりっと前向いておいてよ」

を見ると、怖い顔をしていた。
全員がリュウガを見ていた。
蔑むでもなく、笑うでもなく、
信頼を感じられる程度に真摯な顔つきで。

「すまん、ありがとう」

リュウガは微笑んだ。
こうしてが発破をかけてくれなければ、
悩みすぎて時間がどれだけあっても足りなかったかもしれない。
先のの言葉だって、
突き放したのではなく全幅の信頼を置いてくれているからである。
それを知っていて、甘えているのかもしれない。

「行くぞ」とリュウガが言うと、
「おう」と返事が返ってきた。

リュウガは戦を好んでいる訳ではない。
己が最強の武人であるとも思わない。
だから寄るべき大樹はないかと探しているが、
そんなリュウガについてきてくれる人がいる。

彼らが平和に暮らしていけるよう、乱世を終わらせたい。
そしてが怖い顔でリュウガに発破をかける必要もなく、
笑って過ごせるような、そんな世界が欲しい。

には怒られるかもしれないが、
その世界を導くのは自分でなくても良いと思っている。
早く、平和が来て欲しい。
そう思いながら、リュウガは馬の腹を蹴った。