immature


最初にが拳王を目にしたのは、戦場だった。
は被侵略者である街を守るための義勇兵であり、
拳王は侵略者であった。

拳王軍は強かった。
は善戦した。
どれほど仲間が傷つき、倒れようとも、
は戦い続けた。

金のためではなかった。
食料のためでもなかった。

自分の強さを測ることが出来ることの喜び。

拳王軍はよく統制されていた。
徒党を組んだならず者集団ではなく、
軍と呼ぶに相応しい、無駄の無い戦いぶりだった。

不意にを押し包む力が緩み、
ぽっかりと広場が出来た。
矢でも射掛けられるかと構えていると、
道が開いて、黒い馬に乗った大男が進んでくる。

説明を受ける必要も無かった。
一目で彼が拳王その人であると分かった。
拳王はの前で馬を止めた。

「女のうぬがなぜ、そこまで戦う?」

「守れるものなら、守りたいじゃない。
 で、今度は拳王様がお相手してくれるの?」

が切っ先を向けると、
拳王は笑い出した。

「女の背に守られる街など、高が知れておるわ」

は腹立たしかった。
だから、剣を構えて走った。
拳王は馬の手綱を引く。
馬が棹立ちになる。
踏み潰させるつもりなのか、
向きを変えようともしない。

馬鹿にするのも大概にしろ!

は素早く横に回りこんで、跳躍した。
拳王めがけてではない。
馬の首をめがけてである。

そうして、引き絞られた手綱を両断した。

かかっていた力が突然切れたせいか、
馬はすぐに前脚を地面につきにかかる。
拳王が手綱を放り、馬の鬣を掴む。
は崩れた体勢のまま、その手を切り付けた。

ぱきり

驚いたことに、拳王の手には傷一つつかなかった。
代わりに、の剣が折れた。

冗談のような光景だった。
折れた切っ先がくるくると回転している。
その向こうで、拳王が驚いた顔をしている。
それを眺めながら、は背中から地面に落ちた。

「見事」

にぃ、と拳王が笑った。

「拳王様、街の制圧が終わりました」

が立ち上がって予備に持っていたナイフを抜いたとき、
二人を取り囲む人垣が割れて白馬にのった男が現れた。

「これで、うぬが守る街は拳王軍の支配下となった。
 支配下にあるからには、拳王軍が守備にあたる。
 うぬの力を拳王軍に貸す気は無いか?」

「否と答えれば?」

「ここで殺すまで」

拳王が拳を握った。
剣できりつけても、切れぬ拳である。
とんだお誘いだった。

そこで死ぬことで得られるものは何もなかったので、
はそれ以後拳王軍の兵士をしている。
白馬の男の部下である。

「あー、本当に嫌になるよね!」

はそう大声で言って、
空になったジョッキを叩きつけるように机に置いた。

「……荒れているな」

白馬の男、つまりの上司であるリュウガは、
ロックのウィスキーが入ったグラスを回しながら、
眉間に皺を寄せた。

「全然強くならない!」

拳王府近くのバーは、兵士達でにぎわっている。
少し離れた個室に居る為、
の叫びは届かないようだ。

「……は腕を上げている」

「でも、全然拳王様にかなわないじゃない!」

無駄!と言ってはビールを追加注文した。
は機会があればラオウに挑みかかっている。
今日も挑み、そして今日も負けた。
も血の滲むような努力をして腕を上げてはいるが、
いかんせん相手が悪すぎる。

ラオウもラオウで、
断れば良いものを、断ることが無い。
準備運動に丁度良いのかもしれない。

確かに、ラオウはを可愛がっては居るのだが。

挑みかかるに叱咤激励してみたりする。
返り討ちにした後、短くアドバイスとも取れる評価をする。
顔には表れていないが、楽しみにしているようである。

女性なのだから戦場に出すなという進言も、
聞き流されている。
時折ラオウ付きの兵士がの予定をリュウガに尋ねる。
そうして、ラオウはわざわざが鍛錬している所を訪ねている。

そこまでするならば、直属の部下にすれば良い。

寝首を掻けとけしかけて、
をラオウの寝所に送り込んでやろうか。
お手つきにでもなれば、
は戦場に出られなくなるだろうし。
しかし、この作戦には大きな不安材料がある。

そういう方向に発展するのかどうか疑わしい。

おそらく、ラオウは目覚めて反撃するだろう。
剣を取り落としたは、
最近覚えたらしい関節技など極めにかかるかもしれない。
ラオウは無数の流派を極めているので、
それについても解説をしたりするかもしれない。

ぷんすか怒りながらステーキにフォークを突き刺すを見て、
リュウガはより一層悩ましい気持ちになるのだった。