買い物へいこう!
長編コンビの現パロです。
二人で買い物に行ってもらおう、という。
一緒に行ってないのもある上、小ネタですが、どうぞ。
全部読むぜ!という方は、下へスクロールしていくと見られます。
ラオウ
sanctuary
サウザー
spectrum
mistake
シュウ
coward
カイオウ
haze
hero
リュウガ
pray
sanctuary
「では、これからホームセンターに向かいます。
リストは持っていますね?」
きりり、と
ケイカが顔を引き締めて言う。
「うむ」
ラオウは事前に渡されていた購入リストを目の高さまで掲げた。
頼まれたのは重量のあるものや、かさばるものばかりである。
「お願いしておきます。
一応ケータイは持っていますが、
余計な物を購入しないよう制限時間を設けます。
レジ前に30分後。
それまでに全て集めてくるように!」
「分かった」
ケイカは芝居がかった動作でびし、と敬礼すると、
カートを押しててけてけと店の奥へ歩いていった。
ラオウは物陰から子どもが飛び出してこないか気を配りつつ、
ゆったりとした足取りで店内を移動した。
リストの一番目の、ベニヤ板の場所に来た。
何を作るのかラオウはいまいちよく分かっていない。
家の中のことは全て
ケイカが取り仕切っているからである。
少しおびえている店員を呼んで
ケイカの指示書きを見せると、
彼は困ったような顔をした。
「うーん、二種類あるんですけれど、どちらになさいますか?」
二種類。
ラオウも困った。
理解できる違いは値段しかない。
詳しく解説を求めようにも、
店員は逃げるように奥へ引っ込んでしまった。
やはり、二手に分かれるからこんなことになるのだ。
ラオウは
ケイカのケータイを鳴らしてみると、
すぐに「はい?」と返事が聞こえた。
「種類が多くて、どれを買うのか分からん」
『え?
うーん、適当で良いよ?』
「いや、二度手間になるからそちらに合流する」
ケイカは『はいはい』と居場所を教えてくれたので、
ラオウはそちらへ移動した。
無事合流し、
ケイカが分担していた商品をカートにいれ、
それから件のベニヤ板売り場に戻ってきた。
ラオウが板を眺めていると、
ケイカが奥に引っ込んでいた店員に声をかけた。
「はい、ございます」
にこやかに対応するその態度は、
先ほどラオウに見せた接客とは全く異なるものである。
なんとなく睨みつけてしまったが、
ケイカが説明を真面目に聞いているので目を逸らした。
「いやー、買った、買った!」
レジを通して、
ケイカはほくほくした表情である。
何を作るのかラオウは未だによく分かっていないが、
ケイカが満足そうなので良しとする。
「後学のために、次からは分担するのは止めないか」
ラオウが提案すると、
ケイカは「そうだねー」と軽く了承してくれた。
店内を一緒に回って、
ケイカに近付く店員をにらみつけてしまうかもしれないが、
それはまた、別の話である。
↑
戻
spectrum
「出かけるぞ」
サウザーの突然の提案に
ケイカは驚いたが、
(彼にとっては)気楽な服装の様子である。
パーティー会場に連行される訳ではなさそうだ。
更に言うとここ数日仕事が忙しいのか留守がちでもあったので、
ケイカは嬉々として「はーい」と良い返事をした。
連れ出された場所は有名なブランドショップが軒を連ねる、
金持ちがうろつきそうな界隈だった。
それだけで
ケイカは居心地の悪さを感じたが、
サウザーはそうでもないらしく迷いなく前を歩く。
道行く人の方でサウザーを避けてくれるので、
歩きやすいには歩きやすいのだが。
時折
ケイカがついてきているかを確認してくれている。
分かりやすく優しくは無いが、
そういう行動についにやけてしまう。
そのサウザーが何の前触れもなく一軒の店に入ったので、
ケイカも慌ててその後に続いた。
中には一分の隙も無いメイクの店員が立っており、
その辺のスーパーにはない丁寧さの「いらっしゃいませ」を聞いた。
「急ぎで適当なドレスを探している。
夜会に出るようなのをいくつか見繕ってくれ」
騙された、と思ったが後の祭で、
女性定員は「畏まりました」と店の奥に消えた。
サウザーはソファにどっかりと座り、
興味なさそうにタブレットを取り出して操作している。
そんなサウザーの様子を見てか、
店員は何着かのドレスを持って
ケイカに迫ってきた。
逃げ道など、無い。
ドレスを購入した後、また別の店で靴を購入し、
それらに似合う鞄を選んで貰った後、
ケイカは美容室に放り込まれた。
ばっちりとメイクを施され、
買ったばかりの衣装に着替えて放り出されると、
それなりの格好に着替えたサウザーに車に押し込められた。
ケイカだって女の子なので、着飾るのが嫌いな訳ではない。
悪いのはサウザーだ。
桁を間違えたとしか思えないような金額の物を寄越してくるし、
衣装の露出度がちょっと高めだったり、
とにかく、人前に出るには緊張するような物しか渡されない。
今回は自分で選ぶことが出来たのでまだマシだが、
それでもパーティー会場的な所に連行されるのかと思うと、
一緒にお出かけすることを楽しみにしていた気持ちも萎むのだった。
車から下ろされたのは高層ビルに入っているフレンチのお店で、
見るからに高級感が漂っていた。
ただ、パーティー会場のような受付は無く、
サウザーも普通に予約した店に入るように店員に声をかけ、
ケイカはそのまま座席に案内された。
「……機嫌が悪いな」
向かいに座っているサウザーが眉間に皺を寄せて言う。
機嫌が悪いのはどちらか。
「別に」と答えようかと思ったが、サウザーの様子も少し妙である。
「今日は何かあるの?」
ケイカが尋ねると、サウザーは更に顔を顰めて「いいや」と答えた。
「……最近時間が無かっただろう」
「うん」
「だからだ」
最近時間が無かったから。
その一言で、やっと
ケイカもサウザーが顔を顰める理由が分かった。
それと同時に、一度勝手に下降していた気分が一気に上昇した。
「買い物と食事に連れて行ってやれとうるさく言われたのだ」
その親切な人に感謝したい。
ケイカは嬉しさが顔ににじみ出てしまうのをとめられなかったので、
サウザーもそれを見て少し笑った。
「先に言ってくれたら良かったのに」
「……先に言うと渋るだろう」
確かに、ドレス・靴・鞄の一式購入などという、
ぶっ飛んだ買い物には同意しなかったかもしれない。
でも、サウザーが
ケイカのために用意してくれたのなら、
それはそれで幸せに思えたかもしれない。
「機嫌は治ったか?」
サウザーの問いに、
ケイカは満面の笑みで「うん」と答えた。
↑
戻
mistake
ケイカは展示されている万年筆を眺めていた。
働く男性向けの、お洒落で少しお高い文房具が並んでいる。
その中の、万年筆が並べられたコーナーである。
古地図柄の一本が気になっていた。
別に文字を書くのにボールペンで困ることは無いし、
手帳なんかはむしろ三色ボールペンが良い。
インクの補充や手入れを考えると万年筆は便利とは言えないが、
それでも手に入れてみたい贅沢品のひとつである。
店内はすでに閉店の準備のためか、店員が忙しそうに動いている。
あと一時間ほど、
ケイカは時間を潰さなければならない。
会合という名の宴会に出席するサウザーの送迎のためである。
この閉店間際の文具店で時間を潰すことは不可能そうなので、
ケイカは万年筆に別れを告げて店を出た。
それから数日、
ケイカは未だにあの万年筆が気になっていた。
やっぱり欲しい。
よく考えると忙しくて前回の誕生日は何も用意しなかった。
その分の自分へのご褒美はあの万年筆にしよう。
そう決めた。
「
ケイカさんはもう万年筆を買ったのかな」
シュウが隣でそんなことを言ったので、
サウザーは眉間に皺を寄せた。
「知らん」
本当に知らない。
それ以上に、
シュウの方が細々した話を知っていることが不快でならない。
自然と口調もきつくなる。
「そうか。
先日こちらの部署の不始末を助けてもらったから、
何かお礼をと思ったんだが」
「別にいらんだろう」
「実は家内が最近プレゼントしてくれてね。
仲間が増えるならと思ったんだ」
「これなんだが」と、
シュウが鞄からペンを取り出して語りだしたので、
サウザーは相槌も打たずに時計の針を眺めた。
会議が始まるまでまだ少し時間があるのが憎らしい。
結局、別に興味も無い万年筆の話を五分も聞いてしまった。
おかげで
ケイカが購入しようと考えている物も特定できた。
店に立ち寄ると、幸いその商品はまだあった。
最後の一本だと言うので購入して包んでもらったが、
果たしてこれをいつ、どのタイミングで、
どんな顔をして渡すべきなのか。
いつも
ケイカには無理を言っている。
その労をねぎらう言葉を添えようか。
長い付き合いの割に最近まともに会話すらしていないから、
その行き違いを正す糸口に使おうか。
それとも謝罪――…やっぱり無理だ。
それこそ、今更どの面下げて。
わざわざ傷口を抉るようなことをして、
これ以上遠くに行ってしまうことだけは避けたい。
結局、ぽい、とサウザーは
ケイカに箱ごと渡した。
「どうしたんですか?」
「使わんからやる」
ケイカは包装を丁寧に開けて、箱を開けて驚いた顔をした。
無理も無い。
彼女が欲しいと思っていて、最後の一本をサウザーが購入し、
ケイカと親しい人間に確認してみたが、
まだ彼女が購入していなかった万年筆なのだから。
「…ありがとうございます?」
「ああ」
そう、適当に返事をした。
言いたいことが脳裏を数種類駆け巡ったが、
結局口に出せないで居る。
それからサウザーは
ケイカが万年筆を使っているのを見て、
一人で勝手に満足した。
シュウが喋っていたインクの壜が増えたのを見て、
不愉快な気持ちになったのは言うまでもない。
↑
戻
coward
「何を見ているんですか?」
突然背後から声をかけられて、シュウは驚いた。
振り返ると
ケイカが首を傾げている。
「いや、うん、何でも無いよ」
怪我が元で視力はあまり無い。
だから、見ているというよりは、
そちらに顔を向けているというのが正解である。
つまり、ぼんやりしていただけである。
「シバ君が試着してくれたんです。
今着替え中ですから、早く」
デパートの、礼服なんかが並んでいる一角である。
シュウの連れ子であるシバの入学を間近に控え、
その衣装を選びに来たのだが、
残念ながらシュウはそういった方向にはあまり詳しくない。
サイズが合えばそれで良いのではないかとすら思っていたが、
到着してみると
ケイカは「色があんまり」と渋ってみたり、
驚いたことにシバも好みがあるらしかった。
試着室の前に慌てて戻ると、シバが衣装を着せ付けられていた。
サイズもぴったりなようである。
シュウは「それにするか」と言いかけたところで、
ケイカが先に口を開いた。
「うーん、こっちのグレイの方が好きだなあ」
「僕はこっちの方が」
と、二人で相談している姿が微笑ましい。
最初は会話もぎこちなかったが、今は本当の親子のようだ。
今の会話にはシュウが参加できないので、
むしろ疎外感を感じて少し寂しい。
「父さんはどう思いますか?」
シバが急に話を振ってきたが、
残念ながらそれまでの会話は全く聞いていなかった。
シュウはしどろもどろに「シバと同じ意見だよ」と答えた。
「話、聞いてなかったでしょう?
入学式に私が何を着ていくのかって話をしてたんですよ」
「すまない」
シュウが素直に謝ると、
ケイカは笑い、シバはむくれた。
「
ケイカさんは行かないっていうけど……」
「是非来て、って言ってくれているの。
でも、うーん……」
どうせ「継母だし」とか、「親子になって日も浅いし」とか、
そういうくだらないことで悩んでいるのだろう。
シバの前では言わないが、
二人のときには不安だとこぼしている。
気を使いすぎるのが彼女の美徳であり悪い癖である。
「そうだな、
ケイカの入学式の服も選ぼうか」
シュウがそう言うと、
驚く
ケイカを尻目に「やった!」と、シバが喜んだ。
乗り気のシバを見て観念したのか、
試着していた服を購入して婦人服の方へと移動した。
ケイカは装飾の殆どない、暗い色合いの、
値段も手ごろなパンツスーツばかりを見ていたが、
シバが「これは?」と明るい色の物を引っ張っている。
自分の趣味に全く自信の無いシュウは、
近くに居た店員に用途を伝え、それらしきものを集めてもらった。
「ハレの席ですから華やかなほうが」
という店員の後押しで、結局春らしい色合いの、
スカートのセットを購入することになった。
パンツではなくスカートを押したのはシバである。
「綺麗なお母さんね」
と、店内でシバが声をかけられていた。
「はい!」と、笑みを浮かべて答えていた。
ケイカの耳には届いただろうか。
彼女にはもっと自信を持って欲しいと思う。
立派にシバの母親であるし、
シュウの愛する妻である。
引け目というか、負い目を強く感じているのは知っているので、
そう思っているのだと折に触れ伝えているつもりだが。
会計を済ませた
ケイカが戻ってきたので、
シュウは笑みを浮かべて言った。
「帰ろうか、お母さん」
「帰ろう、お母さん」
シバが続けて言う。
ケイカは泣きそうな笑みを浮かべて、
シュウとシバはいつもと同じ笑みを浮かべて、
手を繋いで店を出た。
↑
戻
haze
ケイカは軟禁されている。
広い屋敷であり、家事全般は雇われた人々がこなしている。
広すぎる庭に出ても高い壁に囲われているのが見えるだけで、
それを乗り越えられるような運動神経は
ケイカには無い。
重厚な門扉は殆ど閉じられている。
通用門の開閉には内側からもカードキーが必要なようだが、
ケイカはそのカードを持っていない。
外の世界はディスプレイの向こうにある。
パソコンしかり、テレビしかり。
ただ、それがどんなに近くの話であろうとも、
ケイカには直接関わる権利が無い。
困った事に、
ケイカはその生活に慣れつつある。
外に出たいと思わなければ、満たされた、
安穏とした生活がそこにある。
しかし。
「外出したいと?」
広いテーブルに二人だけで食事をするときに、
ケイカはお出かけがしたいと申し出た。
案の定カイオウは必要以上に顔を顰めた。
いつもは気圧されて要求を引っ込めるところであるが、
今回は
ケイカは耐えた。
「その……ここで暮らしは不足なんてありません。
でも、自分で見て買い物がしたいな、と思います」
そもそも買い物と言っても、
ケイカには殆どお金が無い。
ただ、何でも良いから外に出かける口実が欲しかった。
ケイカの必死の訴えに、
カイオウは「ふん」と気乗りしなさそうな返事をした。
鼻で笑うようなものではなかったので、
提案が一蹴される訳ではないと自分を励ます。
「良いだろう。
ただし、俺もついて行くが」
嫌だ、という選択肢は無い。
「分かりました」
行き先を決めておくように、と言い渡されたので、
ケイカは早速見たいところや、行きたいところを、
日中の完全に暇な時間に選ぶことにした。
数日後、忙しいカイオウが一日時間を空けてくれた。
ケイカの方はいつでも良いので、
カイオウの予定に合わせることになる。
移動はカイオウが車を出してくれることになった。
正直なところ、彼の運転は荒いので大賛成とは言い難い。
高そうな車に煽られる前の車が可哀相だ。
しかし、必要な犠牲だと目を瞑ることにする。
出かけた先で
ケイカは輸入の雑貨を見て回ったり、
洋服を見て回ったりした。
隣に不機嫌そうなカイオウが居るためか、
店員は一切近付いてこない。
久しぶりに買い物に出かけると、
日頃用意されている全ての物のランクが高すぎることに気づいた。
目が肥えてしまっていけない。
そのおかげで、随分悩むことになってしまった。
帰りの車で、
ケイカは自分の小指の指輪を眺めていた。
ショーケースに並んでいるのを眺めていると、
カイオウがさっさと会計を済ませてくれたものである。
「気が済んだか?」
と、前を向いたままカイオウが言う。
「はい」
と、
ケイカは返事をした。
目の前の信号は赤で、
ドアを開けて飛び出せば逃げられるかもしれないが、
生憎外からしか開けられないように設定されている。
「そうか」
カイオウはため息をつきながらそう言ったが、
ほんの僅か安堵が滲んでいた。
ケイカに執着する理由はさっぱり分からないが、
とにかく手放したく無いらしいということは分かる。
生活の保障はしてくれている。
屋敷に来る以前にも随分世話になった。
ケイカに対する態度は紳士的ですらある。
逃げ出そうとさえしなければ。
カイオウが軟禁してまで
ケイカを手元におこうとする姿に、
ケイカは彼が隠す弱さを見たような気がしている。
一人ではどうにもできなかったときに助けてくれたのは彼である。
軟禁されている今も、別段不快を感じることはない。
ケイカは小指で不安げに光を弾く指輪を眺めながら、
「ありがとうございます」とつぶやいた。
↑
戻
hero
「うまいか?」
とカイオウは怪訝な顔で尋ねてきたので、
「すごく美味しいよ!」
と口いっぱいに頬張りながら答えた。
そんな状態だったので、
きちんとメッセージが届いたのかどうかは不明だ。
店内には甘い香りが立ち込めている。
人気のパンケーキ専門店は今日も盛況だ。
その中でカイオウは完全に浮いており、
女性ばかりのテーブルの客がちらちらこちらを見ていたりする。
十分以上待って、厚みのあるパンケーキが運ばれてきた。
上には生クリームが盛られている。
バターもついている。
アイスクリームもある。
蜂蜜もついている。
そんなカロリーお化けに豪快にフォークをいれ、
ケイカは口に詰め込んだところである。
カイオウは珈琲だけを注文し、
勢い良く食べる
ケイカを呆れたように眺めている。
彼の横には紙袋がいくつかあり、その中身は全て
ケイカの物である。
ジュウケイに啖呵を切って飛び出した
ケイカを追いかけてきたので、
買い物に巻き込んだ。
全く、誰の為に腹を立てていると思っているのか。
「カイオウ」
「何だ」
「あんまり腹が立ったから、
糞爺には『ヒョウなんてカイオウに比べたらゴミ!』って、
言ってやったんだから」
次の一切れを咀嚼しながら、
ケイカはカイオウを睨んだ。
腹立ち紛れに食べるにはおいしすぎる逸品であるが、
腹が立っているのはどうしようもない。
カイオウは少し驚いた顔をして、そして笑った。
「すまんな」
「何が!」
「いや、なんでもない」
ケイカは口の中のパンケーキを飲み込んで、
カフェオレに口をつけた。
生クリームと蜂蜜がけのパンケーキの甘さが、
ミルクで丸くなった珈琲の苦味で流される。
「本当に何なのよ、あの爺!」
ケイカは次の一切れをねじ込んだ。
社長のジュウケイは、彼の部下の中でも特にヒョウを贔屓している。
寄る年波には勝てないらしく、
人柄の良いヒョウに後事を託したいらしい。
一介の部下(コネ入社)が社長に啖呵を切って飛び出したのだから、
完全にクビだろうと思っていた。
腹立ち紛れに散財をしているところへカイオウが探しに来た。
気を遣われているあたり、まだ続けられるのだろうか。
いつもとりなしてくれる彼に対し、申し訳ない気持ちはある。
「
ケイカ」
「何?」
「俺が独立したら、ついてきてくれるよな?」
カイオウは世間話でもするような調子で突然そう言った。
なんとなく断定的な尋ね方ではあるが、
ケイカの方でも答えは決まりきっている問いである。
「行く行く、絶対行く」
「……軽いな」
「え、本気で聞いてた?」
ケイカがパンケーキから顔を上げると、
カイオウは苦笑していた。
ああ、これは本当に本気だったらしい。
ケイカはパンケーキを慌てて飲み込んだ。
「本気で聞いてくれてたとしても、答えは同じだよ。
カイオウが良いって言ってくれるなら」
噛んで含めるように、ゆっくりと。
ケイカも本気である。
カイオウはずっと憧れてきた先輩だし、
現在会社を実質的に動かしているのは彼である。
それが当然の回答だと思われる。
「そうか」と、カイオウは嬉しそうに珈琲を飲んだ。
「まだ食べるか?」
最初は食べっぷりに若干引き気味だったカイオウが、
メニューを開いて勧めてくれている。
ケイカは嬉しくなって「食べる」と答えた。
次のパンケーキはフルーツを山盛り乗せたものにしてもらった。
結局、
ケイカは厳重注意でクビにはならなかった。
カイオウは独立に向けてコソコソと準備を始めている。
ケイカもそれを手伝っている。
採用のために手を尽くしてくれた親族には申し訳ないが、
ジュウケイがヒョウに会社を譲渡するのだから仕方が無い。
カイオウに呼ばれたので、
差し入れかと思い作業の手を止めて顔を上げた。
しかし、渡されたのは仕事の書類の束だった。
辛くはあるが、任されるのは信頼の証である。
ケイカは顔を顰めながらも、書類の束に手を伸ばした。
↑
戻
pray
「買い物?」
リュウガが眉間に皺を寄せると、
ケイカは「駄目?」と首を傾げた。
「体調は。
医者の許可はあるのか」
矢継ぎ早に、それも少し強い調子で言うのは、
ひとえに彼女の体調が心配だからである。
「大丈夫!
家でゴロゴロしてるだけじゃつまらないし。
本当に、駄目?」
本音を言うと「駄目だ」と答えたい。
しかし、そうすると彼女は勝手に一人で家を抜け出しかねない。
昼間の行動まではさすがになんともできない。
そんなことをされるなら、一緒に出かける方が何百倍もマシだ。
「……仕方無いな」
リュウガがそう答えると、
ケイカは「やった!」と本当に嬉しそうに喜んだ。
「ただし、条件がある」
殊更厳しい顔でそう付け加えると、
ケイカは神妙な面持ちに戻った。
「先に、買いたい物と行きたい店を教えること」
「……」
ケイカが神妙な顔のままリュウガを見ている。
嫌なのか。
「……それが嫌なら、駄目だ」
「……え、それだけで良いの?
ちょっと待ってね、リストにしておくから!」
リストになるほど回りたいのか、と軽く眩暈がしたが、
一度許可した手前、駄目だとは言えない。
リュウガは渋々「頼んだ」と付け加えた。
そして、買い物当日。
ケイカは上機嫌で助手席に座っている。
外に出ると、白い肌や細い腕が痛々しいようにも思えるが、
いつになく笑みも多いし、気分転換だと割り切ることにする。
件のリストは、リュウガが提示した期日に遅滞無く提出された。
確かに量が多い。
多いが、店のリストを見るとそれほど距離も無いし、
一応自分が病人であるという自覚はあるようだ。
しかし、その買い物は近くの孤児院にプレゼントするための物で、
彼女らしいといえば彼女らしいが、
大人しくして置いて欲しいとも思った。
「無理はしないように。
気分が悪くなったらすぐに言うこと」
と、子どもに言って聞かせるような注意をすると、
ケイカは笑いながら「はーい」と答えた。
店に入ってからは、
荷物の殆どをリュウガが奪い取るようにして持ち、運び、積み込む。
ケイカは申し訳なさそうにしていたが、
彼女に何かがあっては遅い。
それに、物を選んでいるときの
ケイカの笑みを見ていると、
この瞬間が少しでも長く続いて欲しいと思うのだ。
そんな楽しい買い物の終盤、
リュウガは気が付いてしまった。
ケイカは笑みを浮かべているものの、
その表情に濃い疲労の色が見える。
「休むか?」
と尋ねてみたが、
「後少しだし、大丈夫だよ」
と返された。
大丈夫じゃないだろう、と腹立たしく思ったが、
ケイカは無理をする方である。
作戦を間違えたのはリュウガである。
「……お茶にしないか」
「私は平気だって」
「いや、この近くに紅茶の専門店があるんだ。
行ってみたいんだが」
そう言うと、
ケイカは眉間に皺を寄せて笑った。
器用なものである。
どうやら意図を汲み取ったらしい。
そういう力技で、リュウガは休憩を勝ち取った。
それほど遠くない距離を歩き、一軒の店に入った。
席につくと茶葉が入った小瓶が沢山出され、
その中から選んでサーブしてくれるという。
店内は落ちついた雰囲気で、リュウガはやっと一息ついた。
ケイカは出されたポットのあまりの可愛さに、
「可愛い!」とケータイで写真を撮っている。
「……残りはあと二軒か。
時間に余裕もあるし、少しゆっくりしていこう」
リュウガが提案すると、
ケイカは泣きそうな顔で笑う。
「ありがとう、リュウガ」
「……俺は、俺が休憩するためにここに入ったんだが」
「意地悪」
「どちらが」
そう言って笑う。
こうやって一緒に買い物に出られるまで回復してくれて、
それだけでも幸せなことだったな、ということを思い出した。
「リュウガに決まってるよ」
こんなくだらない会話が出来る相手も彼女だけである。
リュウガは幸せを噛み締めながら、
「じゃあさっきの『ありがとう』は何なんだ」と言い返した。
↑
戻