ハンが降った。

彼はカイオウやヒョウとは違う独自の成長をしていたが、
それもカイオウの前では無駄であった。
成長を褒めてやると、「嬉しくないな」と笑っていた。
それでも深手を負っていたので、治療を受けさせるよう手配した。

それからしばらくハンはカイオウの城で療養している。
完治までの時間は長い休暇と思うことにしたらしい。
話し相手が居ないからとチェスボードを持ち込んで、
一人で対戦している。
何が楽しいのか、カイオウには分からない。

様子でも見てやるか、とカイオウが部屋を訪れると、
ベッドの上で上半身を起し、
ハンはチェスボードを見下ろしていた。

「どうだ」

声をかけると、
眉間に皺を刻んだままハンが顔を上げる。

「もう少しか。
 遠慮なくやってくれたものだな」

「お前が望んだことだろう」

「違いないが、生き残るとも思っていなかったからな」

予定が狂った、とため息をつく。
それが面白くてカイオウも少し笑った。

ベッド脇の椅子に座ろうとすると、
そこにはもう一つチェスボードが置いてあり、
座ることができなかった。
ハンもそれに気づき、もう一つの椅子の場所を教えてくれた。

「これは何だ」

「試合の途中なのだ。
 決着がつかなかったものだから」

「相手がいないのではなかったのか」

が来たからな」



カイオウは驚いたが、
ハンとは昔からチェスをしていたようにも思う。
忘れていたが、それなりに親しくしていたのだ。
そういえば宣戦布告もは自分で行くと言っていた。

か……強いのか?」

「まあな。
 で、わざわざ見舞いに来て何の用だ?」

ハンに言われて、
そういえば今後の話なんかをしようと思っていたことを思い出す。

「お前の今後の扱いについてだが――…」

話し始めてしまったので、結局のことを聞きそびれた。






「チェックメイト」

ハンがビショップを動かした。
は考えてみたが、次の手が全く思いつかない。

「――…負けた!」

深いため息をつく。
連敗している。

「もう一回やるか?」

「今日は終わりにしておく。
 あんまり長居しても悪いし」

「俺は気にしないが」

「ハンの体調も心配だけど、私の仕事も山積してるのよ」

顔を顰めると、ハンは笑った。

「心配してくれるのか」

「北斗琉拳の男が安静にしようと思う程の怪我でしょう?」

「まあ、そうだな、普通の人間ならば死ぬか」

はチェスのセットを箱に仕舞う。
ハンはクッションの山に背中を預けて伸びをした。

「そういえば、昨日はカイオウが来たぞ」

ハンの言葉に、は一瞬静止した。

「ふうん……何か言ってた?」

「いや、いつごろ復帰できそうかと聞かれたから、
 カイオウ相手でなければいつでもと答えておいた」

「そうなの?」

「まあ、俺の体調が問題になる程の敵も暫くはおるまい。
 問題になるような敵に当たるとしても、
 随分先になるだろうな」

その言葉には苦笑した。

「そうね、私もその頃には暇になってると良いけれど」

「俺はそれに合わせて体調を整えれば良い訳だ。
 その頃には俺の元へ心置きなく来てくれるのだろう?」

ハンが笑う。

「体調整えるの、遅くない?」

「カイオウと再戦できる可能性があるとしたら、そこだ。
 だからデッドラインはそこだろう。
 そうだ、カイオウに見せ付けるために派手にしようと思う。
 ドレスの好があれば教えておいてくれ。
 無ければ俺の好みで選ぶ」

「考えとく」

「あと、俺の怪我はかすり傷だ。
 だから暇を持て余して稽古にでも行きたくなるかもしれんな」

「私で良ければチェスの相手くらいするから、きっちり治して。
 貴重な戦力なんだから」

は再び顔を顰めた。





が病室に通ってくれているので、無聊が慰められる。
チェスの試合も中断すれば、
その間にある程度対戦の手を考えられるので勝率が上がる。
だから次の試合を始めておきたかったが、
は乗ってくれなかった。

『きっちり治して』

などとは言っていたが、
彼女は本来的な意味で心配している訳ではない。
カイオウの目的を達成する一つの駒として、
早く使えるように回復しろと言っているのだろう。
彼女は昔からそういう風な考え方をしていたし、
それは別にかまわない。
じっとしているのは趣味ではない。

面白いのはカイオウである。
の名前を出しただけで少し驚いていた。
来るはずが無い、と確信していたかのような。
まあ、完全に外しているとは言い難いが。

今回の戦いでは、カイオウはまだ余力を残しているようだった。
が何か手を回したのかもしれない。
それでもまだ肩を並べるには遠いので、
己の実力を再確認するためには良かったのかもしれない。

(次こそ全力でぶつかってもらいたい)

そのためには、少しずつカイオウを苛立たせる必要がある。
ハンに対して全力で拳を叩きつけるように仕向けるために。
その目的のために、にはチェスの相手を続けてもらった。
暇も潰れて一石二鳥である。

ハンは体を少し動かしてみた。
方々が痛く、まだ動くには時間がかかりそうである。
どうせカイオウはまた来るだろう。
そのときにの名前を出して、どれだけ動揺させられるか。
考えると楽しくなってくる。