bagworm


ジュウザは、常々思ってきたことがある。
は女らしくない。

「そこで寝るなよ」

「うっさいなあ、一番暖かいんだよ」

今は一緒に旅をしている。
旅と言っても、ジュウザはただの護衛であり、
に同行しているだけである。

なぜこんな面倒事をひきうけたかというと、
ただの腐れ縁である。
小さい頃、ジュウザがまだ母の妹に育てられていたくらいの昔、
とは同じ娼館で一緒に育てられていた。
引き取られてからも、
頻繁ではないが途切れることなく会っていた。

何度も言うが、は女らしくない。

娼館の女達は誰もがその女らしさに磨きをかけている。
化粧やドレスで美しく装い、
男の気を引くために艶っぽい笑みを浮かべ、科を作る。
ジュウザはその種の女性が嫌いではない。

そんな女達の中で育ったのに、は女らしくなかった。
そればかりか、育てていた側もそれを黙認していた。
娼館の主人でさえ。
今から考えると、父親はその娼館の主人だったのかもしれない。

そのと、たまたま街で出くわした。
軽く挨拶してみると、

「護衛が要るんだよ」

と胸倉を掴まれた。
ちなみに、はジュウザの胸くらいまでしか身長がない。
必死な形相だったので、承諾した。

面倒事に自らかかわりたい性格でもないので、
最初は断ろうかと思った。
しかし、の顔を見ているとそれも忍びないとも思った。
別に急いでいる訳ではないし。

は毛布に包まって、徐々に焚き火に近付いている。
火が移るんじゃないかと思ったが、
本人はそれよりも寒いらしい。
仕方が無いので、ジュウザは自分の毛布をにかけてやった。

「お前が見張りのときは、両方寄越せよ?」

「うるさい」

は蓑虫よろしく毛布の中に頭まで埋もれてしまった。

「……何かあったのかよ?」

必死の形相で護衛を探していた理由。
今までの彼女であれば、そんなことをジュウザに頼むことはまず無かった。
娼館の警備を担当する程度には腕が立つ。

「……それ、聞くの?」

蓑虫がしゃべった。

「でなきゃ、護衛の金とるかな」

「ケチ」

は頭だけだして、顔を顰めてみせた。
反対に、ジュウザは真面目な顔をしてみせた。
心配していることは一応伝わったらしい。
暫く間を置いて、
はぽつりとぽつりと話し始めた。

「……家がね、襲われた。
 建物自体も燃えてたから、もうたぶん無い。
 皆散り散りになってさ。
 私もなんとか逃げたけど、ずっと尾けられてる気がして」

多少予測はしていたが、
はっきりと伝えられると多少胸が痛む。

「そ、か。
 それで、どこ行くかも聞いてねぇんだけど」

「アスガルズル」

「アスガルズルだぁ!?」

驚きのあまり大きな声を出してしまい、
に「しーっ!」と人差し指を口の前に出すあのポーズで窘められた。
皆殺し色里アスガルズル。
客以外入場お断りの色里である。

「一番お前に似合わねえ場所じゃねえか」

「こちとら生まれも育ちも娼館だっつーの」

それは知っている。
そうじゃない。

「まるでオレが売りに行くみたいじゃん」

「手前までで良いよ。
 それで十分だから」

「嫌だ。
 お前なら、もっと真っ当に生きられるよ」

ジュウザは何の気なしにそういったが、
妙な沈黙が流れた。

「……無理だよ」

「何でだよ」

「だって、私、娼館以外でどうやって生きていくのか知らない」

「知らなくても何とかなる」

ジュウザの中で、何かが混乱していた。
は娼館に居る女ではあったが、娼婦ではなかった。
だから、腕っ節の強い誰か適当な男を捕まえて、
その男をジュウザが一度はぶちのめして痛い目に遭わせてやって、
は幸せに暮らしていくのだと勝手に思っていた。
それなのに。

「私はジュウザほど強くないんだよ」

「強いとか、関係ないだろ」

「関係あるよ。
 ジュウザの世界は広いかもしれないけど、
 私の世界はあの娼館で全部だったんだから」

彼女の母は暫く前に死んでいた。
娼館の主が父代わりだと言っていた。
その娼館の警備をして。

「にしても、アスガルズルは無いだろ。
 誰か、頼れるような奴とかさ」

「いないからアスガルズルなんじゃん」

この場面で、嘘でも「オレが」と言うことができない。
ジュウザには、唯一心に秘めた人がいる。
はその存在を知っている。

「……安心してよ、ジュウザに無理言わないから。
 ほら、さ、ユリアさんも可能性ゼロじゃないんでしょ?」

そういえば、妹だと言ってなかったか。
逆に気を使われて、変な笑いが顔に貼りついた。

「いや、それは」

「もう決めたから。
 女らしくできない訳じゃないんだから、何とかなるよ。
 伊達に娼館生活長く無いんだって。
 警備っぽい仕事もあるみたいだし。
 ちょっと大きめの別の場所へ移動するだけ」

「ふざけるなよ」

「ふざけるよ。
 オヤスミ」

はまた蓑虫に戻った。

は怖い、のかもしれない。
多少……もとい、かなりがさつではあるものの、
中身としては普通の女である。

ジュウザはかける言葉を持たなかった。
あてのない彷徨は一人が良かったし、
かといって、を預ける先も思いつかない。
一瞬フドウやリハクの顔が頭に浮かんだが、
彼らに会いたくは無かった。

のことは嫌いではなかった。
むしろ、好きだ。
女性としてというよりも、一人の友人として。
その友人が色里に行くと言っている。
その決断に対して腹立たしくもあるが、
とめられない自分も腹立たしい。

ユリアのことは無論、好きだ。
しかし、も好きだ。
誰かにタダで渡すのは嫌だ。

ジュウザは天を仰ぎ、深いため息をついた。
空の星がやけにきらきらと輝いて見えた。





次の日から、アスガルズルなどという地名は聞かなかった風に、
ただ、同行している態で旅を続けた。
は今までどおりの態度だったし、
ジュウザも話を蒸し返すようなことはしなかった。

「ここで良いよ。
 ありがと。
 お金無いけど」

あはは、とは笑った。
少し高台で見晴らしが良く、
廃墟となったビル群の向こうにあるアスガルズルを囲う壁が見える。

「ついて行くぜ。
 オレは金があるから」

「……はあ。
 好きにしてよ」

ひきつった笑みをうかべて言った。

「勝手にするよ。
 誰買うかも決めてるんだぜ?」

「へえ。
 来たことあんの?」

「いんや」

そこでぴたり、とは動きを止めた。

「いや、やっぱり、来ないで良いわ。
 一人で行く」

「ここまで一緒に来たのに」

「いや、いい。
 ほんと、いいわ」

がジュウザの荷物をぐいぐいと押しやる。

「時間差で入ったら、別の奴に取られるじゃん」

「ふざけんな!」

「色里なんだから、良いじゃねえか」

に殴られた。
少し痛い。
こうやって馬鹿話を続けていられるのもあと少しだけなのだと思うと、
勝手な話ではあるが、
ジュウザは酷く苦しく感じたのだった。