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「化粧のノリが悪い」

ユダが言うと、は笑った。

「そりゃあ、昨日の夜更かしが効いてるんでしょうね」

「しかし」

「はい、目を閉じて」

ユダは渋々目を閉じた。
がアイラインを引き、
アイシャドウをまぶたに乗せた。
ビューラーでまつげを持ち上げ、マスカラでのばす。

「ユダ様はお美しいですよ。
 だから、そんな顔をなさらないで」

は歌うようにそう言って、今度は口紅用の筆を取った。

「今日はこちらのお色で良いですね?」

「ああ」

確かめもせず頷く。
が選ぶ色に不満は無いし、心配もしていない。
彼女の美意識には信頼が置ける。

は美しく装いたくないのか」

素朴な疑問が口をついて出た。
の化粧の技術は高い。
肌の手入れなんかは彼女に任せきりにしている。
しかし、彼女が己にその技術を使っている気配は無い。

「私ですか?
 うーん、そうですね。
 美しい物を更に美しくするのは楽しい作業ですが、
 美しくない物を美しくごまかす作業は楽しくないですよね。
 はい、少しだけ動かないでくださいね」

紅を取った筆をユダの唇に置き、丁寧に唇をなぞってゆく。
鏡の中の自分の顔を見て、ユダはその色合いに満足した。

「はい、どうぞ」

「己が美しく無いと」

「ユダ様が集められた皆さんを見ていると、
 彼女達にもっと美しくなってもらいたいと思います。
 何せ、素地が素晴らしいんですから。
 チーク入れますね」

「ああ」

ユダが口を閉じると、は頬に刷毛でチークを入れた。

「どうでしょう?」

が鏡を前に出した。
鏡の中には化粧を終えた自分の顔があった。
やはり自分でするよりも、に任せた方が上手い。

「うん」

「今日のマフラーの色にも合うと思います」

にこり、とが微笑んで手鏡を箱にしまった。

「今日もお美しいですね、ユダ様」

「勿論だ」

の化粧は気分が上がる。
今日は面倒なサウザーとの面会があるが、多少やる気が出た。





面会を終えて帰ってみると、何やら女たちがもめているらしかった。
管理を任せているダガールの手に負えないらしく、
困惑した顔で報告を受けた。

曰く、に対して他の女が一斉に叱責しているのだ、と。

は他の女とは違う。
美しいから傍に居るのではなく、
その技量によって傍に置いている。
それの何を叱責しているというのだろうか?
ユダの感覚が間違っているとでも?

通された部屋では、女達が大声で罵る声が聞こえた。
ブスの癖にとか、チビだとか、寸胴だとか。
彼女達に比べれば、見た目の美醜においてはお話にならない。

「何をしているのだ」

部屋に入ると、が困りきった顔で壁に追い詰められていた。
取り囲むようにして、美しい顔を醜く歪ませた女が立っている。

「ユダ様!
 私達があの女よりも劣ると仰るのですか?」

一人が駆け寄ってきて、大きな瞳を涙で潤ませて言った。
そこからその場に居合わせた女が口々にしゃべり始めたが、
要約するとあんなブスに大切な日の化粧を任せるな、
ということらしい。

「……今のお前達の顔と良い勝負だな」

ユダは苛々していた。
だから、思った通りの言葉を吐いた。

「お前達は美しい。
 俺に侍るためにその美を磨くのは当然のことだろう。
 はお前達に美しさでは劣るかもしれん。
 だが、お前達と違い比較しようのない技術を持っている。
 誰か一人でもの技量を超えるというのならば、
 それを証明してから文句を言え!」

阿呆は嫌いである。
それでも尚言い募ろうとした一人の頬を張り飛ばし、
ダガールに下々にくれてやるよう言った。
それを聞いた本人はわめきだし、
それ以外の女は皆押し黙った。

悔しそうな顔でが「申し訳ありません」と言った。
その顔を見てユダは、己の判断の誤りに気が付いた。
は醜いわけではない。
他者を引き摺り下ろすような中身でもない。
見た目も、中身も十分に美しい。
ユダの周囲に居る女の中では大変稀な存在である。





「このストールはどうだろう」

「そちらでしたら、こちらのバングルがお似合いでは?」

「ふむ……」

ユダはクローゼットを前に悩んでいた。
隣にはが立っている。
他には誰もいない。

結局あれ以降目だったいじめは発生しなかったし、
の方からも意見が出ないので放置している。
それで十分であろう。

「ああ、でも、こんなのもあったんですね。
 うーん――…」

は難しい顔をして宝石箱を覗き込んでいる。
ユダが命じたので、
は己の技量をつぎ込んで自分にも化粧をするようになった。
そうするとかなりの美人へと変貌する。
今も宝石をうっとりと眺める横顔が美しい。
しかし、服装は手を抜いている。

「何故与えたドレスを着ない」

「いや、あのドレスはやっぱり私には少しきわどいというか……。
 あ、この指輪は良いですね!」

「そんな服があるから着ないのか」

「さすがに素っ裸は嫌ですし――…」

びっ

ユダはの服をみじん切りにした。
が驚きと怒りが半々くらいの顔で振り返る。

「何をなさるんですか!?」

「ドレスを着ろ」

「この格好で出歩けと!?」

「シーツくらいなら貸す」

の肌は白かった。
肌理も細かい。
きっと触れると心地よいのだろう。

(装ってくれたならば角が立たないのに)

はベッドからシーツをひっぺがして、
己の体に巻きつけたり、
一部を割いて帯にしたりしている。

「お戯れも程ほどにしてください」

はそう言って、
宝石箱からバングルと指輪を出してから部屋を出た。
身につけて鏡を見てみる。
やはりの趣味は良い。

が美しくなったなら、
誰もユダがを可愛がることに疑義を挟まないだろう。
美を解し、そして自らも美しい。
傍にいる女として最上である。

そうと決めたならば彼女の着替えを全て滅茶苦茶にして、
普段着をドレスに変えさせねばならない。
を己の物にすべく、ユダがすべきことはまだまだ山積している。