toysoldier
ハンはある女を側近として召し上げた。
名前を
という。
彼女の戦闘員としての能力は高くない。
他の修羅に比べるとむしろ劣る。
ではなぜ側近として召し上げたのか。
事の発端は、郡将のひとりがくだらぬ余興を思いついたことだった。
当時名も無き修羅たちは、
命じられた任務を果たすべく村の通りをうろついていた。
「見た目がそれなりでもいいから数を集めろって言ってもなあ……」
「そんなに女ばっかり居るかっつーんだよ」
村人達は彼らの姿を見ると、こそこそと家に隠れる。
怯える様を見るのはそれなりに心地よいが、
それよりも今は任務を達成しなくてはならない。
自然と扉を蹴破って、一軒一軒検めることになる。
若い女が居ればとりあえず檻に放り込む。
選別は後からすれば良いし、
今回は見た目については詮議されないと分かっている。
一人の修羅がある家に入り込んだ。
そこには目的の若い女が居た。
その家族も居た。
彼女を守るためか父が近付いてくる。
それを殺し、悲鳴を上げた母を殺し、家の奥へと逃げた女を追う。
「出てこないと酷い目に遭うぞ~~」
そう声をかけて、ドアを開けた瞬間。
男の眉間にナイフが刺さった。
机の上から飛び降りながら全体重を乗せた女の一撃は運よくきまり、
男はどう、と仰向けに倒れた。
「おい!」
「この野郎!」
近くに居た修羅が家の中に踏み込む。
女は部屋の中に引っ込み、
その代わりに黒い塊が投げつけられた。
それに気を取られた。
その一瞬の間が彼らの死を決定した。
「手榴弾!?」
叫び声は爆発音にかき消された。
他の家を検めていた修羅が集まってきたが、
女は既に姿を消していた。
数日後、女が戻っているという噂を聞きつけて修羅達も戻った。
復讐ではなく、彼女を捕まえるためである。
彼らの上司が興味を持ったためで、
修羅達にとっては甚だ不愉快な命令だった。
家の中には女がいた。
黒こげになった遺体を二つ並べて、
ほろほろと涙をこぼしていた。
これは簡単に捕まえられる。
相手はたった一人の女である。
修羅達は侮って近付いた。
同じ轍を踏むことになるとは考えもせず。
結局女は捕えられた。
修羅の一人は目をやられた。
毒の塗られたナイフを刺され、死んだ者もいた。
玉砕覚悟なのか何なのか、
適当に投げられた手榴弾で複数人が死傷した。
女は体の大きな修羅の影に隠れ、擦り傷程度で済んだ。
捕えられた女は郡将の下に送られ、
その後更にその別の所へ送られた。
「……女だてらにまあ、よくやるな」
ハンは目の前に投げ出された女を眺めながら、呟いた。
手かせ、足かせをつけられ、
栄養状態が悪いのか随分痩せている。
その体に見合わぬぎらついた目で、女はハンを睨みつけている。
「さっさと殺せよ糞野郎。
あんたの部下を殺したのは私なんだから」
「それほど憎いか」
「どこを好きになれって言うんだよ」
「……それもそうだな」
ハンは彼女のかせを外すように命じた。
「しかし」と戸惑った一人に微笑んでやると、慌てて従った。
「これをやろう」
ハンはナイフを彼女の前に投げた。
「好きに使え」
彼女は手の状態を確かめて、
ハンや修羅の様子を確認しながらナイフを拾った。
そして両手でナイフを持ち、
振り回すのではなく突き刺す為に走ってくる。
ハンにとっては簡単にかわせる攻撃であるが、
彼女の体力では確かにそれが一番殺傷能力が高かろう。
最良の判断である。
その執念に敬意を表したい。
ハンは彼女がナイフを支えている手を掴み、ひねり上げた。
呆気ないほどに簡単に彼女はナイフを取り落とす。
「生かしてやろう。
名は?」
「殺せ!」
「今この状態で、お前の扱いを決めるのは俺だ。
名前は」
ハンが睨みつけると、
は顔を顰めた。
「……
」
さして長身でもない
は、
今は辛うじてつま先で立っている状態である。
それでもハンを睨む。
諦めていない。
「
、だな」
楽しくてつい、笑ってしまう。
は「放せ!」と暴れた。
「手を焼かせてくれるなよ?
どう扱うか決めるのは俺だと言ったろう」
そう言って頬を撫でてやると、蹴られた。
ハンはこらえきれなくなって笑いながら、
彼女に食事を与え、世話をするよう近くの一人に命じた。
「ハン様、本当によろしいのですか!?」
と、まだ押し付けられた兵が言う。
「貴様よりよっぽど野心のある女だ」
つまらぬ輩よりはよっぽどマシである。
「……なんでここまでしといて殺さないんだよ」
床に押さえつけられた
が悪態をつく。
「座興に丁度良い」
押さえつけているのはハンで、
彼女が投げた大量のナイフが部屋のそこかしこに突き刺さっている。
短時間でよく鍛錬したものだが、いかんせん作戦が悪すぎる。
前回は手榴弾を投げつけてくれたが、
爆発する前にハンがキャッチアンドリリースで窓の外へ捨てた。
運悪く巡回していた兵士数人に被害が出た。
前々回はナイフで切りつけてくれたが、
最初に会ったときと同じように手をひねり上げた。
栄養状態も良いおかげか、前回よりも速度が上がっていた。
「もっと油断をさそってはどうかな。
その腕前では正面から挑んでも勝ち目は無かろう」
「一応不意を突こうとしてた!」
「俺の不意を?
面白いことを言う」
はそのままの姿勢で悔しげに唸った。
「そうだな、色仕掛けなんかどうだろうか」
「私が色仕掛け?
笑わせんなよ」
「合意の上という理由が立つ」
「……うあ!?
おい、触るな!!!!!」
が暴れる。
ハンはそれが楽しくて仕方が無い。
次は大量の爆弾を投げつけられるのだろうか。
それはそれで面白いかもしれない。
理想は色仕掛けなのだがな、とくだらないことを考えながら、
ハンは暴れる
を暫く優しく撫で回した。
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