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ハンのところに美しい女が貢がれてきた。
傘下に入りたいという、ある勢力からである。
それ自体は珍しいことではなく、
その女は貢がれてくる女の中では普通だった。

肉感的で豊満というわけでもなく、
華奢で儚げという風情でもなく、
凛としたと表現するには鋭すぎる視線を、
一瞬だけハンに向けた。

(これは……)

だからこそ、ハンの記憶に残った。
名前をという。
踊り子と称して貢がれてきたが、
果たして正体は何なのか。

宴の席を設けてあったので、
そこで舞を披露させることになった。
ハンはつまらぬ宴席かと半ば面倒になっていたが、
俄然楽しみになった。

が踊る姿は、それは優美であった。
指先まで神経が行き届き、
己の体の動かし方を熟知していた。

時折ハンを見ては、
挑戦的に微笑んでみせる。
悪くない。
あの目。

これは、命のやり取りを知る女だ。

の手首がしなった。
ハンは首を少し傾ける。

タンッ

乾いた音がして、
椅子の背もたれに細い金属の棒が刺さった。
ハンの首の皮が、少し切れた。
これは良い。

周囲の人間がざわつき始めたのを目で制し、
音楽も続けさせる。
に動揺は見えない。

首の傷に触れる。
ひりひりとする。
この感覚がたまらない。

ハンは刺さったままの棒を引き抜いた。
の髪を飾り立てる、何本もの簪の一本だった。
飾りがついた方ではなく、
細くとがった方に重心がある。
正しく表現するならば、簪に似せた武器だった。

跳躍する姿は、まるで野生の鹿のようだった。
鍛えられたバネと、しなやかな体。
これは、これは。

音楽に合わせて、両手首が閃いた。
ハンは、戯れに二本の簪を片手で掴んでみた。
たやすいことである。
このまま投げ返すこともできるが、しないでおく。

あれはただの踊り子などではない。
刺客である。

の腕ではハンを殺すことはできない。
しかし、どの攻撃にも殺意がこもっている。
敵わぬとあきらめるでもなく、執拗に。

ハンは、己の中でルールを決めた。
の簪を、全て掴む。
それがこのゲームでハンが勝利する条件。
勝利した暁には、の心臓に向けて簪を返してやろう。

手に取った簪を一本、の足を狙って投げる。
よりも何倍も早く投げられたが、
それはまるで織り込み済みのプログラムのように、
軽やかに、そして美しい動きでは避けた。

流れるような動きで床の簪を引き抜き、
そしていつの間にか髪に戻している。
同じ装飾の簪のうち、
ハンが投げたのはどれなのかもう分からない。

暫く応酬が続いた。

左手で肩を狙った一本を、
右手で眉間を狙った一本を掴んだときだった。
油断していたともいえる。
直後に三本目の簪が飛んできた。

ハンは、それを手で払った。

一瞬の表情が曇る。
これならば、という攻撃だったのだろう。
確かに、狙いは良い。
ハンはつい笑ってしまった。

己の勝負に負けた。
床の簪を拾わせる。
それは手許に残すことにする。

持っていた二本を同時に投げてみたが、
一本はをはさんだ反対側の机に刺さり、
もう一本は床に刺さった。

結局、一曲終わるまでにどちらが死ぬことも無かった。

は何事も無かったかのように頭を下げ、
使者は顔面蒼白で震えている。
どうせ捨て駒程度の男なのだろうが、
これではどちらが使者なのか分からない。
胆の太さで言うならば、
の方が確実に使者に向いている。

「良い舞であった」

「もったいないお言葉でございます」

労いの言葉をかけて、
さきほど叩き落とした一本を使者の眉間に投げた。
使者は目を見開いたまま、床にどう、と倒れた。

「あの一本に免じて、お前の命は許そう」

「お優しいのですね?」

「お前は他にも技を隠し持っているのだろう?
 俺はそれが見たい」

「まあ、買いかぶりすぎですわ」

動揺の色はない。
ふてぶてしい女である。
だが、それで良い。
全く良い女だった。

「さて、ここで一つゲームをしよう。
 これから三日、お前が俺を殺すことができたらお前の勝ち。
 できなければ俺の勝ちだ」

「シンプルなゲームですね。
 ハン様が勝利されたらどうなるのです?」

の目に、僅かに驚きの色が見えた。
それでも、ハンの隙を伺っている様子だ。
仕事ではなく、
何かしらの理由があってハンの命を狙っているのだろうか。
それを屈服させるのもまた、楽しかろう。

「俺の女になれ。
 お前を狙う者くらいは打ち払ってやろう」

「私はハン様の命を狙いますけれど?」

「それで良い。
 最近退屈していたところだ」

「まあ、怖い」

宴の席の空気は冷え切っていた。
冷え切った空気の中を、のくすくすと笑う声が響く。
全く、良い女だ。

これはゲームの始まり。

ハンは楽しくなってきた。
暫くは楽しい時間がすごせそうだった。