失格


庭先で佐助とが話しているのが見えた。

佐助は忍にしては口数が多いほうで、
それに比べるとはかなり無口である。
しかし、その無口さも忍の中では一般的な程度であり、
一言も喋らないという噂の伝説の忍ほどでもない。
佐助もおそらくは役割として話す必要を感じているから話すのであって、
別におしゃべりであるという訳ではないだろう。

その佐助が折に触れに話しかけている。
気があるのだろうか。
意図的に他人の目に付くところで声をかけているように思える。
悪い虫がつかぬようにという目的が見える気がする。
自分が悪い虫ではないと、信じきっているのだろう。

信玄は己の中でそう断じて、様子を見ていた。
すると、珍しくは佐助に面と向かい、
そしてとび蹴りを放った。

「う……」

つい、声が漏れた。
無防備な顔面に、かかとが綺麗に入っている。
あれは痛かろう。
佐助はそのまま昏倒する……という無様な姿は辛うじて見せず、
両手で地面に着地、飛び跳ねて後方の岩の上に退避した。






「何故じゃ」

配置換えの直談判に訪れたに対して、信玄は理由を問うた。
彼女は表情を変えずに言う。

「戦忍としては能力も低く、戦場ではあまりお役に立てておりません。
 防衛の選任にしていただいたほうが賃金に見合った働きができるかと」

嘘である。
忍隊の中で、は佐助に次ぐ働きを見せている。

「建前は良い。
 佐助と合わなんだか」

信玄が言うと、は顔を顰めた。

「――…ご存知でしたか」

「まあな」

先ほど知ったばかりだが。
はため息をついた。

「ご存知なのであれば尚のことお願いします。
 稽古もしますし、兵の調練もします。
 ですが、猿飛様と同じ部隊は……」

そこで、は天井を睨んだ。
信玄もつられて見上げた。
ぱか、と板が一つ外れて、佐助が顔を出した。

「人払いをお願いしたはずですお館様!」

「……俺様そこまで嫌われてんの?」

が叫びながら立ち上がる。
無口な彼女には珍しい反応である。
よいしょ、と佐助がその隣に着地した。

「そのようじゃのう」

これは勿論佐助に向けた言葉である。

「こっちの言い分も聞いてくださいよ。
 だってちゃんったら――…」

「うあああああああああ!!」

の右拳が佐助の頬にクリーンヒットした――…と思われたが、
佐助の姿は床に沈み彼女の背後に現れた。

「お館様ばっかり見てるから集中しろって小声で言ってたら、
 俺と噂になって、それが不服で異動願いだしてるんですよ?」

の回し蹴りを華麗に避けて、佐助が信玄の背後に着地する。

「俺もちゃんと給料分は働いてるんだって。
 誓って嫌がらせとかしてないって訳。
 だから減給とか、無しで」

信玄を挟んで、佐助とがにらみ合う。

「忍たる者、情は不要。
 恋愛感情なんてもっての他でしょ?」

それまでのふざけた口調ではなく、
佐助の声がすっと冷たくなる。
はため息をついて、そしていつもの表情に戻った。

「……忍失格であることも承知です。
 お館様、異動願いは撤回します。
 お暇を」

「ならぬぞ」

信玄はため息とともに、そう吐き出した。

「ワシもてっきりお主が佐助と良い仲かと思うておったわ」

「一切そういった関係はありません」

は間髪いれず否定する。

「そんなに強く否定しなくても」

佐助の声が少し残念そうなのがおかしい。

「じゃが、話を聞いたからのう」

があれ、という顔になる。

「そっとしておくのがお主の幸せかと思うておったが、
 慕う相手が違うならば致し方ない。
 にはワシの身辺警護の任を与える」

「お館様、それじゃ戦力が」

「佐助よ、
 お主がを当てにして手を抜いておることなど先刻承知じゃ!」

うへえ、と佐助が妙な声を上げる。

もさっさと言うておれば、
 こんな悪い虫がつかぬようワシが手を回したものを。
 上杉の所のようにはいかぬが、ワシのために傍で仕えてくれ」

信玄がそう言うと、は赤くなってゆく顔を上下にぶんぶんと振った。
可愛らしい。

「悪い虫って言い草はあんまりですよ、お館様!
 まあ、ちゃんの夜の警備は寝所――…」

佐助が全てを言う前に、信玄は裏拳で黙らせた。






よ」

「――…はい」

川中島の武田軍本陣である。
信玄が呼ぶと、はふわりと空から降ってきた。

「そこで見ておれよ」

「はい」

幸せそうに微笑むを見て、信玄も気合が入る。
此度こそこの戦いに決着をつける。

「佐助よ、殿はお館様の警護に回られたのだな」

「あー、あれ?
 やっぱり近くに居た方が何かと都合が――…おっと、
 そろそろこっちも気合入れて、敵さんを迎え討つ準備しないと!」

「おお、そうだな!」

佐助と幸村がそんな会話をしていたような気がするが、
聞かなかったことにしてやろうと思う。