信賞必罰


は松永久秀のお付の者である
それ以外に立場を表現することができない。
この性悪な主の気まぐれな要望を叶えるため、
東奔西走するのが役割である。
それが父から譲り受けた仕事である。

この父に血のつながりは無い。
今日の街中で孤児をしていたを拾い、
育てるだけでなく教養なんかを身につけさせてくれ、
そうして仕事を与えてくれた。
に仕事を引き継いで「これから遊べる」と笑っていたのに、
その後すぐにあの世にまで隠居してしまった。

具体的な仕事の内容は、
茶会に合った茶道具をいくつか選定して出しておいたり、
ある程度の金を託されて買い付けに行ったりする。
この性悪主は趣味人でもあるので、
その趣味の側面を補佐する役割が多い。

養父は久秀と気軽に話せる程度に趣味人だったらしい。
ふらりと買い付けに出かけて掘り出し物を入手し、
久秀に献上しては特別な褒美を貰っていたりした。
彼のような趣味の道で認められるような人間になりたいと、
は常々思っている。

それなのに。

「新しい女を手配してくれ」

にやにやと笑いながら、久秀が言う。
に依頼されるのはそんな用件の方が多い。
嫌がらせなのだろうか。
なぜこの男に女を世話してやらねばならないのだろうか。

「またですか。
 何かご不満でも」

「並の女では飽きるからなあ」

久秀は並の女と言ったが、
は文字通り東奔西走して選りすぐりの美女を用意したのだった。
傾城とまではいかずとも、匂い立つような美女である。
風雅を解す知識を持ち、手紙をしたためることも出来る。

並とは何なのか。
その前の女は教養が足りぬと文句を付けられた。

「今回は風雅を解する女性を選んだのですが、
 お気に召さなかったようで申し訳ありません。
 できれば、殿が想定されておられる女性について、
 詳しくお聞かせいただけますか?」

久秀はやはりにやにやと笑っている。

「肌は浅黒い方が良いな」

美女は白皙の肌、と相場が決まっているだろう。
そんな特殊な趣味なら早く言え。

「それが、美女ですか」

「ああ。
 何ならもっと言おうか?
 化粧っ気が無いのが良い」

「すみませんが、それが美女ですか」

「まあ、私にとってはね」

それは美女なのだろうか。
それが流行最先端なのだろうか。
分からないが、まあ、本人の希望なのだから仕方が無い。

「私と長く接していてもイラつかせず、
 茶の湯に精通していること。
 連歌なんかも嗜んでくれないと困る。
 あと、刀の目利きも出来れば良い」

久秀と同レベルの趣味人自体が少ないが、
まあ具体例を挙げて言うくらいだからこだわりがあるのだろう。
全ては無理だが、まあ、どれか一つならば何とかなるはず。
久秀の茶の湯仲間の娘でも貰う算段を付けようか。
そんなことを考えながら何人かにあたりをつける。
久秀が言う美人の条件は聞かせられないが。

「その割に実利主義で選ぶ衣は実用一辺倒、
 字も美しく書ける割には面倒くさがって適当にしか書かず、
 あまり空気の読めぬ鈍い女だな」

「そんな方が本当に風雅を解するんでしょうか」

「まだ分からんかね」

「私も存じている方なのですか……
 早く言って下さいませ、お人が悪い」

そんな人居たかしらん、とが首を傾げると、
久秀は声を上げて笑い出した。

「何でしょう」

「いやだから、私はを寄越せと言っているのだが」

衝撃がの発話を妨害した。

「先代は実に有能な男でね、私の好みも熟知していたのだよ。
 “とっておき”と言って引き合わせてくれたのだが、
 仕事を引き継いだ途端に死んでしまったからね。
 それ以上の説明が出来ないままになってしまった」

養父と思っていた男は女衒だった、という第二の衝撃がを襲う。
自分も女衒をしていたのだから、仕事の貴賎については何も言うまい。
しかしながら、己が売られる立場だというのは許しがたい。
今まで親切に教養も身につけさせてくれて、と思っていたが、
久秀に売り飛ばすために商品を磨いていただけだなんて。

「……では、今までの私の苦労は何だったのですか」

「ん?
 美しい女だから断る理由もないだろう。
 しかし、やはり最上の物が目の前にあると色褪せて見えるよ」

「肌が浅黒くて、化粧っけが無くて、
 服の趣味も悪く、字も汚い鈍い女が最上ですか」

「妬いているのかね。
 趣味は悪くないのだから、
 心がけひとつでどうにでもなることだろう」

じ、と久秀に見つめられて、の背中を冷や汗が流れた。
この性悪主は、時折やたらに剣呑な目つきになる。
蛇に睨まれた蛙の気分である。

「で、用意できるのかね。
 できないのかね」

「え、ええ、そうですね、ちょっと……」

「そうかね、それは残念だ。
 私は命令を大した理由も無く反故にされるのが嫌いなのだと、
 常々言っていただろう」

ちら、と久秀の顔を盗み見る。
笑顔である。
良い笑顔である。

はこの顔を何度か見たことがある。
彼の暇つぶしに付き合わされて、将棋を指していたときのことである。
完全に追い詰められてどう動かしても負けることが確定したとき、
顔を上げるとこんな顔をしていた。

「……必ずやそんな“”を探してまいります!」

苦しい言い訳である。
言い訳ではあるが、まだ完全に敗北ではない。
の経歴について言及はあったものの、
久秀は“目の前に居るという女を寄越せ”とは言っていない。

「――…私としたことが、詰めが甘かったようだ。
 それで、できるのかね?」

「必ずや」

「肌が浅黒くて、化粧っけが無くて……」

「服の趣味も悪く、字も汚い鈍いを必ずや」

「ふむ……では、頼むよ。
 急いでくれ」

久秀は人の悪い笑みを浮かべたままである。

「卿と同程度に茶の湯や連歌なんかもできるよう頼むよ。
 できなければ、まあ、お仕置きだなあ」

手の平にじんわりと汗が滲む。
これで失敗すれば――…考えたくは無い。

しかし、見つかったところでどうなのだろうか。
同じようにしばらくで飽きて、
同じ条件の女を捜せと言うか、
もしくは言い逃れできないように「お前を寄越せ」と言うかもしれない。

前者であれば幾つも上げられた条件を満たす女を、
死に物狂いで再び捜索しなければならないし、
後者であれば、お断りしたとして、
“お仕置き”をされるかもしれない。

嫌だ。
嫌な予感しかしない。

首の皮一枚で繋がった己の生きる道であるが、
が今のまま生活していくための条件をおさらいしよう。
久秀の挙げた条件を満たす女を探し出すことと、
それまでに再就職先を探し出すこと、
そして伝説の忍である風魔小太郎の手をかいくぐり、
その再就職先へと脱出すること。
以上である。

(無理くさい……)

は絶望感に打ちひしがれながらも、
とりあえず出来ることは全てするのだ、と己に言い聞かせた。