お告げ


「貴女のことをこの世の誰より好きになってくれる殿方と、
 きっと結ばれるはずですよ☆」

友人とこっそり行った、先見の巫女様の流行の占い。
どんな人と結婚するのかと尋ねると、
年若い巫女はそう言った。
そして「幸せそうで羨ましいです!」とも。

それを信じて辛い仕事も耐えてきた。
理不尽な上司の言い草に切れそうになった日もあったが、
彼の行動を予測し、それに備えるという方法をとるようになって、
随分と緩和されたし、褒めてもらえるようにもなった。

全ては、この先にある幸せな結婚生活のために!

そう思っていたのだが、
どうにもの勘違いらしかった。

「――…で、どうかね。
 返事を待たされてそろそろ一月になるのだが」

理不尽な上司、松永久秀は脇息にもたれながら、
扇子を閉じたり開いたりしつつをちら見した。

「殿、もう少し落ち着かれませ」

「私は至って冷静だよ」

冷静な訳が無い。
久秀が待っている返事というのは、
が彼の側室に入らないかという提案に対する返答である。

はただの部下である。
武勇も知略も、誇れるものは何も無い。
家の格も釣り合いがとれないほど低い。
戦国乱世にあって側室にそんな女を入れるのは、
正室との関係悪化、ひいてはその実家との関係悪化が懸念される。
そんな馬鹿げた行動をとる主を、
諌めない家臣などいないだろう。

「……他に美しい娘などいくらでもおりましょう」

「中身の無い女などいらんよ」

「しかし」

の煮え切らない返答に業を煮やしたのか、
久秀は扇子をぱん、と手のひらに打ち付けて閉じた。

「考えてもみたまえ。
 卿を私以上に正当に評価する伴侶は無いと思うよ。
 城に篭るのはちょっと、などという話を耳にしたから、
 今と変わらず戦に出ることも咎めない。
 卿の見事な働きぶりを私はかなり評価していてね。
 つまらぬ家のことばかりにかまけるような存在よりも、
 ずっと刺激的だとは思わんかね」

仕事があるのは、それは楽しかろう。
内向きのことはあまり得手ではないである。
それを免除される立場は願ったり叶ったりでもある。
しかし、それ以前の問題である。
伴侶が久秀であるとか、刺激が強すぎて発狂しそうだ。

そう。
には夢がある。
自分のことを誰よりも好いてくれる男に嫁ぎ、
そして幸せな生活を送るのだ、という夢が。

「ですが、私は――…」

「困った子だなあ。
 仕方無い、奥の手だ」

戦場でするように久秀が指を鳴らすと、
爆発が起こることはなく、
どこからともなく小太郎が現れた。
は彼を戦場以外で見たことが無い。
その小太郎は抱えていた小さな包みを床に丁寧に並べた。

「これは」

「開けてみなさい」

開いたら爆発する仕掛けでもあるんだろうかと疑ってみたが、
この至近距離でそんな危険は犯さないだろうと踏み、
は右端の箱を開けた。
中には小さな壷があり、中には甘納豆がぎっしり詰まっていた。

先を促されたので、次々と開いてみる。
二つ目の箱には鼈甲の簪が、
三つ目の箱には蒔絵の美しい櫛が、
四つ目の箱には花の彫刻の翡翠の帯止めが、
五つ目は風呂敷包みで、開くと高そうな反物が出てきた。

「何ですか、これ」

「見て分からんかね。
 甘納豆と、簪と、櫛と――…」

甘納豆の違和感が凄い。

「いえ、そういうことではなくて」

「ああ、目の前に餌があれば食いつくかと思ってね。
 卿の好物と世の女性が好むものを集めてみたよ」

「物に釣られる卑しい人間と思われていたと」

「お気に召さないようだな。
 甘納豆が好きだと聞いたから有名店で入手させたのだが」

久秀が渋い顔になった。
そういう顔をすると少し怖い。

「好きですが、いや、そうでなくて」

「なんだ、夫婦生活の問題についての懸念であれば、
 今この場で試してみるかね?」

まるで「名案だろう」とでも言いそうな顔で久秀が言う。

「そんなもの心配してません!」

「それは良かった」

おそらく違う意味での回答かと思われるが、あえて無視する。

「何が不満なのだ。
 こんなに私が譲歩することなど、金輪際ありえないよ?」

「分不相応に気にかけて頂いて恐縮なのですが、
 やはりこういったことはもっと……」

は先見の巫女の託宣を信じる。
幸せな結婚生活を送るのだ!
「この世の誰より好きになってくれる殿方」と。

ん?

「男が居るのか。
 どこの誰だね。
 隠し事は卿のためにならないよ」

は久秀を無視して巫女の言葉を反芻した。
「この世の誰より好きになってくれる殿方」と結ばれる。
が「この世の誰より好きになる殿方」と同じとは限らない。
更に、この世の中の男性一般の中で一番好きになってくれるのか、
それともその相手の男性の中で一番好きになってくれるのか。
それもまたはっきりしない。

「……ふむ。
 風魔、命じた通りに」

こく、と小太郎は頷いて消えた。

「うぇ!?
 あの、懇意にしてる男性はいませんから!!」

は慌てて回答した。
こんなくだらない理由で犠牲者を出す訳にはいかない。

「そうかね?
 ……卿の主張はどちらでも良いのだが。
 さて、返事を聞かせてもらおうか」

久秀は弄んでいた扇子で手のひらを打った。

断りたい。
断りたいが、仕事に影響しかねない。
やっとおなか一杯食べられる程度の給料が得られるになったというのに。

「ここで一つお知らせだ。
 卿がこのまま煮えきらぬ態度をとり続けるならば、
 態度を決めざるを得ぬ状態に追い込む用意がある。
 私も心が広いから、今ならまだ先ほど伝えた待遇で迎えよう。
 さて、卿はどんな返事を聞かせてくれるかな?」

巫女の託宣は、予想されうる一番嫌な内容で成就されそうだ。
が沢山の選択肢から選ぶのではなく、
沢山の選択肢の中から誰かがを選んで結ばれる。

今目の前に差し出された案件は、
その誰かが松永久秀であり、
既には抜け出せない罠にかかっているようだった。
が選べるのはその待遇である。
自由な側室か、自由でない側室か。
自由でない方は、もしかすると他人の犠牲もおまけについてくる。

全然、全く、これっぽっちも幸せになれそうにない返事であるが、
まだマシな状況を入手すべくは返事を口にした。

「――…不束者ですが、よろしくお願いします」

「重畳、重畳。
 出来る限り早く迎えられるよう事を進めるから、
 とりあえず卿は今日から住まいを移しなさい」

「いや、その、準備が……」

「何、既に手は打ってある。
 私は準備から手を抜かない男でね」

久秀はニコニコと笑っている。
この男の笑顔ほど恐ろしいものは無い。
は「あはは…」と力なく笑った。
こんな結末が待っているならば、
夢を持たせるような託宣など聞くのではなかったと激しく後悔した。