意地悪
「ああ、寒い」
は紅くなった指先に息を吐きかけた。
白い息はすぐに拡散して、
指先に少しだけ残った温もりも息の水分のせいですぐに冷たく戻った。
戻るどころか、もっと冷たくなってしまったような気がする。
「
、お主がそこに居るとワシが寒い」
背後からお館様の声が聞こえる。
苦笑がにじみ出ているのが少しだけ腹が立つ。
「ちょっとくらい許してくださいよ」
はひし、と火鉢に抱きつくように張り付いた。
「お館様はあったかそうじゃないですか」
「何故じゃ」
「……何となく」
「わしも人じゃからな、寒い。」
その声が少しだけ非難がましかったので、
はくすりと笑った。
そういう声を聞くことがあまりないので、
珍しい物を見たのと同じように嬉しい気分になる。
「
よ、わしを何じゃと思うておったのじゃ」
勘違いをして不機嫌そうな声になってしまったお館様は、
ずんずんと歩いてきて
の前の火鉢を取り上げた。
「ああー……」
「しゃきっとせんか、お主はまだ若かろう」
しぶとく火鉢に張り付こうとする
を見て、
お館様はふきだした。
「寒いのは本当に無理なんですよ、ほんとうに……」
「ならば自分の部屋で火鉢にくっついておれば良かろう。
朝から火を入れてあるはずじゃが」
お館様は
から取り上げた火鉢をもって、
元の位置に戻ってしまった。
もいそいそと火鉢とお館様の間に座った。
「だってお館様、一人で部屋に引きこもってると怒るじゃないですか」
「そりゃそうじゃろう。
働かざるもの喰うべからず、じゃ」
「だからこうして、部屋から出てきてるんですよ」
へへへ、と
は笑った。
お館様は呆れた視線を
に向けて遠慮なく投げつけてくれている。
「それでわしの部屋に入り浸っておっては意味が無かろう」
「私の部屋より、お館様の部屋の方が暖かいんですもん」
はお館様にへばりついた。
「ていうか、お館様が。
邪魔しませんから許してくださいよう」
お館様の溜息が頭上から降ってきた。
「腕を取っておいて、 邪魔しておらんと言うのはこの口か」
むに、と頬がひっぱられた。
「いひゃいー…」
「ほれ、変な顔をしとらんと起き上がらんか。」
怒っている声ではなかったので怖くは無かったけれども、
ひっぱられた頬はかなり痛い。
力が加減されているのは分かるが、痛いものは痛い。
「この書簡に目を通せば終わりじゃ。
寒さに負けておるお主の根性、叩き直してくれよう」
「先に言っておきますけど、私幸村ほど強くないですからね?」
お館様はにやにや笑っていて、
の方を見てくれない。
「お館様?」
「さあて、それは試してみんと分からんぞ」
「許してくださいよ、お館様ぁぁ……」
あああ、と変な悲鳴みたいな声をあげて縋りつく
を見て、
お館様はまたふきだした。
「何をするかのう……」
「大人気ないですよう、お館様……」
ひいいい、と
はまた変な悲鳴みたいな声をあげた。
そんな奇声を上げている割りに、
は動き出す気配は無い。
言っている事とやっている事は違うが、
その様子が滑稽で可愛らしい。
困ったとは思うが、まあ良いか、という気分にもなる。
そんなに甘い自分が一番困ったものであるが。
「ほれ、読み終わった。道場へ参るぞ」
「ええええ…廊下は寒いですよう」
「何をごちゃごちゃ言うておる」
「えあああああ……」
何とかして部屋から出ないようにしようとしている
を見て、
お館様はまたにやにやと笑った。
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