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暑中


「暑い!!」

そう叫んで、瓊佳はごろりと床に転がった。
“妙齢の”という形容詞をつけても可笑しくない年齢だというのに、
大人しくなる気配は一向に無い。

幸村や佐助なんかと一緒に扱っているのがいけないのだろうか?
その仮定を何度となく考察してみるが、
それは無理だったろうという結論に毎回落ち着く。
彼女はそういう忠告を必要以上にはねつけるきらいがあるからだ。

ぱたぱたと団扇で扇ぎながら、瓊佳は日陰で倒れている。
放っておくとそのまま眠ってしまいそうだ。

瓊佳よ」

「何ですか、お館様」

注意されると思ったのか、寝転がったまま瓊佳は身構えた。
寝転がっているせいで、少し間抜けだ。

「じきにそこは日向になるぞ」

そう言ってやると、瓊佳はむくりと起き上がって別の日陰に寝転がった。
また先ほどと同じようにぱたぱたと団扇で扇いでいる。

「…そういう意味では無いわ。
 そんな所で昼寝しておると風邪を引くぞ」

瓊佳は寝転がったまま、信玄を恨めしそうに睨んだ。

「こんなに暑いんですから風邪なんか引きませんって」

「そもそも、何故わしの部屋じゃ」

「いろんな部屋で試してみたんですけど、ここが一番涼しいんです」

だからです、と悪びれもせず瓊佳は言った。
信玄は溜息をついた。

「だって、幸村が悪いんですよ?
 見てるだけで暑いんですもん」

そう言って瓊佳はむぅ、と膨れた。
その顔が面白かったので信玄は少しふきだした。

「これこれ、そう言うてやるな」

「ここなら誰にも邪魔されないんです。
 お願いします、暫く昼寝させてください」

瓊佳はころりと寝返りをうってうつ伏せになり、両手を合わせた。
信玄はまた、溜息をついた。

「良い良い、好きにせい。
 ただし、わしも寝る」

そう言うと、瓊佳は驚いたようだった。
信玄は立ち上がって、彼女の隣に寝転がった。

「偶にはわしもサボらんとやってられん」

「お館様もサボるんですか?」

瓊佳が疑わしげに信玄を見る。

「どういう意味じゃ」

「いえ、深い意味は無いです。意外だな、と思っただけです」

「ワシとてずっと真面目にしておるわけにもいかぬわ」

「そういうものですか?」

「そういうものじゃ」

「そうなんですか」

そう答えると、瓊佳はくたりと床に頭をつけた。

「最近暑くてよく眠れ無いんですよ。
 おやすみなさいー……」

瓊佳はうつ伏せのまま、すぐに規則的な寝息を立て始めた。
確かに、この部屋は広めに作ってある上に居る人間も少ないし、
それなりに風通しが良い。
今の時期には昼寝にもってこいの部屋なのかもしれない。

なんだかなぁ、と思いながら、信玄は瓊佳の手から団扇を取った。
扇いでやると、瓊佳は気持ち良さそうにもぞもぞと寝返りを打った。

平和だな、としみじみと思った。
頬に張り付いた髪を耳にかけてやって、
信玄は小さく笑った。