おいてけぼり
いくら追いかけても、追いかけても手が届かない。
弁丸よりも先に武術を習い始め、
弁丸よりも先に初陣を飾った。
弁丸よりも先に人を殺し、
弁丸よりも先に俸禄を貰った。
それなのに。
それなのに、今では幸村と手合せしても敵わないし、
戦場に出ても追いつけやしない。
彼は一人で戦場を切り開き、
お館様の覚えも目出度い猛将になった。
天賦の才というのを目の当たりにした瞬間だった。
そして、己の才覚の無さを呪う。
どれだけ鍛錬を積み重ねても、
どれだけ兵法を学ぼうとも、
全てそれなりにしかできない。
どの分野においても、突出した才覚を発揮することなどできない。
は血を吐き出した。
たいした事は無い、ただ口の中を噛んだだけだ。
鉄を噛んだような味が一杯に広がって不味い。
戦場の只中で何を考えているのだろう、自分は。
自嘲する。
周りに敵の姿は見えない。
幸村が殆ど斬り捨てていってしまったからだ。
それでも残された兵士に手こずっている自分は何だというのだろう。
全く、嫌になる。
刀を持って走りだす。
早く、行かなくては。
また笑われてしまう。
誰に?
「うぁぁああ!!」
叫び声が聞こえた。
反射的に刀を構えたまま振り返る。
上段に構えたままの敵の腹を、容赦なく斬った。
「死ね!!」
声を上げてかかってきた一人目に気を取られすぎて、
背後にまで意識が回っていなかった。
振り向いたときにはもう遅く、
防御のために刀を翳そうとしたが、
自分の身体の反応の遅さに反吐が出そうだった。
ぐしゃり
快音とは言えない音がして、目の前の兵が岩の塊に吹き飛ばされた。
そのまま岩と一緒に壁まで吹き飛ばされて砕けて落ちた。
岩が飛んできた方角を見ると、どすどす、
と重そうな斧を抱えてお館様が走っている。
「大事無いか?」
「はい、申し訳ありません」
申し訳ないどころではない。
大将に助けられるなんて、どんな家臣だ。
「いや、大事無ければ良い」
お館様はそう言って、笑った。
その日の戦は快勝だった。
幸村が大将首を討ち取り、お館様に随分と褒められていた。
勝利を祝う宴の最中、
は一人宴の席から離れ、
庭の隅にある、三方を木に囲まれた場所で座っていた。
ここならば見つからないだろうという算段である。
空を見上げると星がいくつも輝いており、
冷たいが優しい光で夜空を彩っている。
こんなにも世界は美しいのに、自分の心は嫉妬と焦りで一杯だ。
は深い溜息をついた。
「こんな所で何をしておる」
心臓が口から飛び出るかと思った、
なんていう古典的表現を体現できそうなほど驚いた。
声がした方を見ると、お館様が立っていた。
「あ、いえ、その、夕涼みを」
「嘘を申せ。夕涼みをするような季節では無いわ」
わしゃわしゃ、とお館様が頭を撫でてくれた。
力が強すぎて、少し痛い。
「まぁ、お主が悩んで居そうなことくらい予想は付くがの。
幸村の事じゃろう」
言われて、恥ずかしくて俯いてしまった。
バレている、という所が一番恥ずかしい。
「あ奴を基準に考えるのが間違うておる。
功を焦ることは無かろう」
ああ、どうしてこんなに筒抜けになっているのだろう。
「図星じゃろう。
、お主はお主なりに頑張っておる事、
このワシが知らぬとでも思うたか?」
「……お館様はお忙しいので」
そう言うと、お館様は豪快に笑った。
「何、目をかけておる者の動向くらい見て居るわ。
お主はお主の早さで進めば良い」
そう言ってもらえると、
肩の荷が下りたようでほっとした。
安堵すると、今度は泣けてきた。
「どうした、泣いておるのか?」
そうです、などとは言えず、
は手の甲で乱暴に目を擦った。
「いいえ、泣いてなど……」
「なら顔を上げい」
言われて、しぶしぶ顔を上げた。
お館様は
の顔を見て溜息をついた。
「泣いておるではないか」
「すぐ、止まります」
お館様の大きな手が、
の頬の涙を拭った。
「ほれ、泣きやまんか。
まるでワシが悪者みたいではないか」
「す、すみません……」
泣き止みたいのは山々だったが、
嬉しいのと恥ずかしいのと、色々ごちゃ混ぜで感情が統制できない。
お館様は呆れた様子で頭をぽんぽん、と軽く撫でてくれた。
その手があまりに優しいので
はまた、泣いた。
戻