短い休暇
頭がくらくらする。
どうも体調不良が続いていると思ったら、
ついに起き上がれないほどになってしまった。
症状は風邪のようだが、
連日無理をしていたせいかこじらせてしまったようだ。
自分の管理も出来ない人間が軍を率いるなどとは笑わせる。
真田幸村は病に罹っているところなど見たことが無いので、
その点に関して彼より劣っていると断言できる。
「うー……」
唸ったところで治る訳ではない。
食欲は無く、
栄養をつけるようにと持ってきてもらった粥は手付かずのまま放置されている。
すっかり冷めてしまった事だろう。
こうして一日眠っていると、身体が動くことを忘れていく。
一日ならまだ良い。
この分だと明日も薬師は絶対安静を申し付けるだろうし
(そもそも彼等は用心深すぎる)、
二日分を取り戻す為には、三日死に物狂いで鍛錬をしなければ
勘を取り戻した上に成長する事が出来ない。
本当に、まずいことになってしまった。
そもそも、幸村が頑丈すぎるのだ。
川に落ちた
を助けると飛び込んできたにも関わらず、
彼は元気に毎日お館様と殴り愛をしている。
お館様が直接拳を叩き込むのは幸村だけなので、
怖いと思う反面ちょっと羨ましい。
廊下を行き来する人の足音が聞こえる。
を気遣ってか、部屋の前を往来する人は皆口を閉ざして、
足音を立てぬようにしてくれている。
眠いが、眠りたくない。
そんな状態で横になっていると、
足音を消そうとしてもまったく隠れていない足音が近づいてきた。
「
よ、起きておるか」
遠慮がちな小さな声。
は少し嬉しくなってつい笑ってしまった。
よいしょ、と身体を起こす。
座っているだけでも頭がくらくらするのは、
かなり重傷なのではないかと思う。
別に、深手を負ったわけではないが。
「はい」
「入るぞ?」
「はい」
襖が開いて、お館様が入っていらした。
病人である
が起きているのに、
物音を立てまいと気遣ってくれているところが可笑しい。
「どうじゃ、大事無いか」
お館様は傍に座って、
の額に手を当てた。
ついさっきまで絞った手ぬぐいを当てていたので、
本来の温度よりは少しは低いはずだ。
「はい。明日には戻りまする」
そう言って、にっこりと笑う。
そうだ。
無理をしたって明日には戻りたい。
「ふむ……それは何よりじゃ」
お館様は頷いて、ちら、と膳を見られた。
しまったと思ったが、もう遅い。
お館様は手を伸ばして椀の蓋を持ち上げ、
冷たくなってしまった粥を見つけてしまわれた。
「――…大事無いという割には、粥に手をつけなんだか」
「今日は一日眠り、明日には戻ると決めたのでございます」
そう言うとお館様は深い溜息をついた。
「食うて力をつけねば、治るものも治らぬわ。
ほれ、口を開けい」
お館様は椀を取って、添えられていた匙を持って此方を睨んでいる。
そんなに本気で睨まなくても良いのに、と思う。
「そ、それほど心配していただかなくとも、後でちゃんと頂きまする」
「こうでもせねば、
は食わぬ。
ほれ、さっさと口を開けんか」
暫く抵抗してみたが、お館様に諦める気配は無い。
まるで小さい子供みたいな扱いだと思ったが、
抵抗するのが馬鹿らしくなって、
は観念して口を開けた。
お館様は少し固くなった粥を一匙すくって、
の口の中に流し込んだ。
もぐもぐ、と形ばかり咀嚼していると、
次の一匙をすくって待ち構えている。
どうやら、本気で食べさせるつもりらしい。
「本当に、自分で食べますから……」
「観念して、口を開けんか。
この強情者が」
お館様はこの状況を楽しんでいるようで、
堪えきれない笑いが口に浮かんでいた。
お椀一杯をさらってしまうと、お館様は満足されたのか匙と椀を膳に
戻した。
は座っているのが少々辛くなったので、
ぺたりと横になった。
お館様の大きな手が額に触れた。
そして、びっくりしたようにすぐに離れた。
「
、お主嘘はいかんぞ。酷い熱ではないか」
「これくらい、気合で……」
「馬鹿者!」
べち、と額を叩かれた。
「そうやって無理をすれば、病が長引く一方よ。
幸い、今は何処ともすぐに事を構えることは無い。
しっかり養生するのがお主の役目よ」
そう言って、お館様は近くの手桶に手ぬぐいをひたし、
固く絞って額に乗せてくれた。
「……はい」
はそう返事して目を瞑った。
お館様が絞ってくれた手ぬぐいは、
水気が無くって冷たくない。
絞りすぎだ。
目を瞑っていると、お館様は頭を撫でてくれた。
嗚呼、休まなくては、という気分になった。
病気の身体は正直なもので、すぐに睡魔が襲ってきた。
はすぐに睡魔に身を委ねた。
意識が途切れるその瞬間まで、お館様は傍に居てくれた。
そのおかげか、随分安心して深く眠った。
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